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なんで「女男」じゃなく「男女」が普通なの?と問うてくれた先生の話

  • 更新日:2019/04/17

私には、もう20年以上前のことなのに、今でも鮮明に思い出せる一場面があります。


黒板に大きく「男女」と書かれており、その上から色の違うチョークで「女男」と上書きされる光景です。たしか、小学六年生の道徳の時間でのことでした。


男性と女性、両方について述べるとき、一般的には「男女」と言いますよね。そのことになんの違和感も感じていなかった私に、先生は問いかけました。


「なんで男女と言うのが普通で女男とは言わないと思う?」と。


教育現場における「男が先、女は後」という刷り込み

教育現場

当時の私は、そんなこと考えてみたこともなかったので、「言われてみれば、なんで女男とは言わないのかな」とぼんやりと考えた程度でした。


今考えてみると、「男女」という言葉だけではなく、「男性が先」というシステムはあちらこちらに見られるような気がします。


そのひとつが、出席名簿です。現在、教育機関の出席名簿には、おおきくわけて2つのパターンがあります。男女混合名簿と、男女別名簿です。


男女混合名簿とは、男女混合でアイウエオ順に並べた名簿のことで、男女別名簿とは、男女を分けてアイウエオ順に並べた名簿のことです。


男女別名簿の場合、必ずと言っていいほど、男性が先に記載されます。


男女別名簿だというだけで、「男性の方がいつも先で、女性は後という価値観を強化しており、差別的だ」と感じる人は少ないかもしれません。「名簿の並び順なんてささいなことなのだから目くじらをたてるほどのことではない」と考える人もいるでしょう。

隠れたカリキュラム

ですが、こういった一見、男女差別とは関わりのなさそうな様式こそ、意図せず男女の格差を広げていく「隠れたカリキュラム」なのです。


「隠れたカリキュラム」とは、1968年に教育学者のフィリップ・W・ジャクソンが提唱した言葉で、「行動の様式や性向、メンタリティを、意図しないままに生徒に教え込むカリキュラムのこと」です。同い年の男女が同じ空間にいるのに、いつも女性は後回しにされる、という経験を幼いころからしてきた女性が、男女の優劣に関してどういった意識を持つのかは明らかでしょう。


これが男女別名簿の話ではなく、人種別名簿だと考えたら、この差別構造はより明らかになります。有色人種と白人を分けて、いつも白人が先で有色人種が後、という名簿があったとするなら、そういった名簿は差別とは無関係である、と言い切ることは難しいでしょう。


性別による教育の偏りを是正する、ジェンダー・フリー教育とは?

ジェンダー・フリー教育

性別による教育の偏りは、名簿だけではなくあらゆる場所に見られます。


たとえば、日本の教育において、家庭科は女性にのみ必修で、女生徒に料理や裁縫を教えている間、男子生徒はスポーツをさせていた、という歴史があります。こういった教育は1993年まで続き、以降は男女共修となりました。


年々、性別による教育の偏りは是正されつつありますが、まだ完全に男女平等の教育が受けられているとは言い切れません。


そこで大切になってくるのが、ジェンダー・フリー教育です。ジェンダー・フリー教育とは、「個人の生き方や行動を性別という枠組みの中に押し込めることなく、多様性が尊重されるような社会を目指すための教育」のことです。


具体的な方向性はふたつあり、ひとつ目は、「性別を理由に分けられたカリキュラムを是正すること(例:女性だけが家庭科→男女ともに家庭科を履修)や、教科書などにおける男女の描かれ方の歪みを是正する」という方向性であり、ふたつ目は、「社会に偏在するジェンダー関連の問題について学ぶ」というものです。


今現在行われているジェンダー・フリー教育の一例としては、

・制服についての見直し(女性はスカート、男性はズボン、ではなく選べるようにする学校も増えてきている)(※1)

・男女別名簿→男女混合名簿(男女混合名簿に変えていくべきだという議論も高まっている)(※2)

・教材の見直し(国語の教科書が男性作家によってかかれた作品に偏っていないかなどを確認する)

が挙げられます。


また、現状、小学校〜高校の校長や教頭など、高い地位の役職者は、8割以上男性が占めています。「女性の管理職」と接する機会を持たなかった女子たちは、重要な地位につくことにリアリティを持てなくなってしまうという弊害が懸念されるため、高い地位につく教員の男女比の割合についても考え直していく必要があるでしょう。


さいごに。性別に関係なく、誰でも平等にチャンスが与えられる社会を目指して

教諭

私は、「なんで男女と言うのが普通で、女男とは言わないと思う?」と問いかけてくれた先生に感謝しています。


この問いかけは、「普段当たり前だと思っている言葉の中にも、性別による役割を強化している言葉が多い」と気が付ける感覚を与えてくれました。


これからも男女という言葉は使い続けますし、男女を女男に変えたいとも思っていません。「女が先で、男は後」も、「男が先で、女は後」と同じくらい息苦しいからです。ただ、無自覚に性別の役割を強化する言葉を使わないようにしたい、と思っています。


未だ、日本の教育現場は、男女平等とは言えません。近年の医学部の女性差別問題は、見えやすい形で明らかになったため話題になりましたが、このほかにも「見えにくいジェンダーバイアス(性別に関する偏見・差別)」は多数存在しています。


ジェンダー・フリー教育が進み、性別による教育のゆがみが一刻も早く改善されることを願っています。



※1 全区立中学で性別問わずスカート、ズボンが選べるよう検討へ 東京都世田谷区教委が見解(HUFFPOST)


※2 「男子が先」変わるか 県教委 男女混合名簿導入へ議論促す(岩手日報)



▼バックナンバーはこちら

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・「男女間の賃金格差」は差別?役割分担?
・女性が王子様を待ち続けてしまう理由。シンデレラ・コンプレックスとは?
・「女性の社会進出」という言葉に違和感。家事・育児は社会貢献じゃない?
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  • 今来 今 (フリーライター)

    神戸出身。編集者を経て現在フリーライター。複数メディアにて、映画評・書評・ルポなどを連載中。

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