自分磨き

質問魔のわが子、ほんとに疲れる…どこまでも答えなきゃダメ?

質問魔な子供への対処法

「どうして?」「どういう意味?」

一日のうちに何度も何度も我が子から発せられるこの手の質問。

あまりにも執拗に聞いてくるので、何回かに一回は無視してもいいだろうと高を括っていたら、あらたいへん。「ね~、聞いてよ。どうしてなの? ね~」こちらが返事をするまであきらめない我が子。その根性は称賛に値するけれど、「うるさーい! ちょっと待ってって言ってるでしょ~!! 」と、キレてしまいたくなる……。


発達症の特性である「しつこさ」は、「こだわりの強さ」とセットになっていることも多く、大人たちを悩ませ疲弊させる要因のひとつであると言えます。

気が短い方よりもむしろ、熱心で子ども思い、根気強いお母さんの方が辛くなってしまうこの案件。お互いが気持ちよく楽になれるような解決策はないのでしょうか。


今回は、はにやくんのエピソード。

はにやくんも、けっこうな質問魔です。そんな彼に対して、はにやくんのお母さんはどのように接しているのでしょうか。


CASE11 何気なく使う「すみません」~意味なんて意識していなかったのに

質問魔な子供への対処法のマンガ

頭が下がります。毎日、この調子なわけですよ。

「お母さん、『本当に面倒くさい』って思っていいですよ」と言ってあげたい。……いや、言ったかも。

出会った当初から、はにやくんの質問に対して、お母さんはできる限りわかりやすくかみくだいて説明をしてあげていました。


「おお! なるほど! 」というような端的な解説を返すお母さん。

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新しい言葉に出会うたびに質問を繰り出すはにやくん。

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解説を返すお母さん。

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質問をするはにやくん。

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無限ループ?


先日「とうとう辞書を買い与えました」と、お母さんは笑っておっしゃいました。

なんでも、サザエさんを家族で見ていた時に「ミイラ取りがミイラになる」っていう言葉が出てきて、はにやくんから「どういう意味? 」と質問がきたとかで。

「先生、そうするとね、『ミイラ』の説明からしないといけなくなっちゃうんですよ。もうこれは自分たちだけでは無理、と判断しました(笑)」


子どもからの質問は、チャンス

先日授業に来たりゅうちゃんからは、歯医者さんで歯を抜いた直後だったので、こんな質問がありました。

「たくさん血が出てしまったのだけれど、血はいつ止まるの? 血はどうやって止まるの? 血は、無くならない? 」

その日の課題はちょっと横に置いて、血液についての話をしました。

血液の成分や、その成分がそれぞれに果たしている役割や、骨髄という場所で血が作られていることも。


子どもたちの質問は、問答無用のジャンルフリー。いつそれが繰り出されるのかも、まったく見当もつきません。

正論を言えば、「勉強させないと」という割に、子どもたちがしているこうした自発的な知識の獲得に大人が乗らず、チャンスを逃している場面はけっこう多いのではないでしょうか。

教科のカリキュラムに則った学習内容ではないけれど、本人が「今欲しい! 」と思っている情報ほど、その子の身になるものはありません。


正しい答えが『正解』とは限らない

けれど、です。

朝は決まった時間に出かけなくてはならず、帰ってきてからもやることがたくさん。寝るまでの時間は限られていて、そんなにのんびり子どもの疑問にひとつひとつ答えてなんていられな~い! という、それはそれでわかります。

ひとつふたつならまだしも、次々に、延々と、隙間なく質問がくるとしたなら、それはもう拷問のよう。


まずは、ひと息ついて。

すべてを大人の側が答えてあげなくては、というのをやめましょう。

子どもたちが欲しいのは、正しい答えとは限りません。

共に考え、味わい、「なんだろうね?わかんないね」って心を寄せ合う瞬間こそを、欲しているのではないでしょうか。


大人への質問は、子どもがくれる気づき

さて、はにやくんのエピソードには続きがあります。

お母さんはこんな風におっしゃいました。

「私、普段『すみません』や『ごめんなさい』を反射的に使っていることに気づいたんです。必要ない時にずいぶん『すみません』って言っているなと自覚したんですよ」。


はにやくん、グッジョブ!


普段の生活の中で、「すみません」じゃなくて「ありがとう」の方がふさわしい場面って、たくさんありますよね。

「すみません」という謝罪の言葉よりも、「ありがとう」という感謝の表現の方が、受け取る相手にもうれしいものとなったりする。


私たちが大人になるまでに身につけ当たり前になっているあれこれを、「どうしてそうなの? 」という疑問の形で指摘してくれる子どもたち。

意識してその「当たり前」に焦点を合わせてみたら、確かに、ちょっと変かも? という場面や、明らかに違う言葉にできる場面があることに気づかされます。


子どもたちは、大人たちの間違いを指摘しているわけではありません。大人を責めるつもりは全く無く、ただただ、知らないことや、『はてな? 』と思ったことをまっさらな気持ちで質問してきているだけ。

自分のニーズを満たすその行為が、相手の心の中の本人も忘れていたような一面をあぶり出し、顕在意識の領域に浮上させてくれたりして。 もしもそんなきっかけをもらったら、私たちは子どもたちに「すみません」と言うよりも、「ありがとう」って言って今を修正する。

そんな感じでいいんじゃないかな。




バックナンバー

♯10:みんなを待たせることは迷惑か~本当に優先すべきは何でしょう?


♯9:わかっていてもしてしまう、子どもの宿題への口出し手出し


♯8:どうしてそんなに気が散るの?〜集中力がないように見える子たち


♯7:赤ちゃんにも意思がある ~理解出来ない親はダメな親?


♯6:仕上げ歯磨きを嫌がる子は、我慢が足りないの?〜感覚統合という視点


のじゃ塾とは?

幼児から大人まで通える療育塾。

発達症、発達症のボーダー、学校や家庭での問題行動全般、不登校、拒食症、統合失調、ダウン症など、子どもたちに同じケースはひとつとしてありません。 自宅の一室で、「語らい」や「遊び」「学び」の中から発見される子どもたちの心の声を聴きながら、ひとりひとりに、オーダーメイドな授業、教育カウンセリングを実践しています。また、のじゃ塾の療育メソッドをもとに、感覚統合を促進させる運動療育チーム「まなまりんManaMarine」を発足。



  • いしづかみほ(学習・療育のじゃ塾塾長/日本子ども虐待防止学会会員/イラストレーター)

    「子どもたちが本来持っている才能を存分に発揮できるよう双方向で作る授業」と「彼らのありのままを理解する教育カウンセリング」を軸とした療育を実践しています。

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