出産

妊娠・出産で失われる可能性のある「5つの自由」とは?

  • 更新日:2019/11/01

「出産」と「自由」の問題は、長年、多くの学者たちによって議論されてきました。よく聞く議題は、「産む自由」と「産まない自由」について、です。


哲学者で女性学者の大越愛子先生は、出産と自由の関係性において、「産む自由を選択することもまた、一定期間にせよ、個体としての自由の喪失を意味する」という点は、これまであまり議論されてこなかった指摘し、「産む自由とは、自らの自由を喪失することを選択する自由である」と主張されています。


今回は、『ジェンダーとセクシュアリティ 現代社会に育つまなざし』(大越愛子・倉橋耕平編集 昭和堂)を参考に、「産むことと自由の関係」について考えてみたいと思います。


妊娠・出産で喪失するかもしれない5つの自由とは?

赤ちゃんと母親

大越先生は、自身の妊娠・出産の体験から、産むことが「一時的な自由の喪失」を内包する行為だと認識したと言います。


私は妊娠したとき、身体がいかに不自由となるかを体感した。懐胎は他者を自らの中に受け入れ、育む容器となることから見て、自己を物権化する行為であるといえる。一定期間にせよ、個体としての喪失を意味するという自己矛盾を抱え込むことである。「産む自由」の賛美において、あるいは「産む」ことと結びつけられる「愛」という感情の強要において、こうした論点は曖昧にされてきたと思う。(P.155)


つまり、これまで「産むことは愛からの行為であって、女性にとって喜びになるもの」という側面が強調されるあまり、「産むことで失われる自由」については、ほとんどないものとされてきた、というわけです。


具体的にどのような自由が失われるかは、個々人によって異なるでしょう。ここでは大越先生が感じた5つの自由の喪失を紹介していきます。


妊娠・出産を「愛からの行為であり、幸せを感じられるもの」とだけ認識することは、辛さを感じたときに、「幸せなはずなのに…」といった混乱や自責の念を招く原因になりかねませんから、「妊娠・出産で(一時的に)自由が失われる可能性」については、事前に認識しておいた方が良いでしょう。


妊娠・出産で喪失する可能性のある自由1 身体的自由

身体は、自分のものでありながら、もはや自分のものではなくなる。運動、その他さまざまな身体に関する欲望は制限される。(略)胎児は母胎からさまざまな養分やバランス機能を奪うため、悪阻やその他の失調が起こる。分娩時には、壮絶な痛みに耐えることを要請され、また生命の危機にさらされることもある。(P.156)


妊娠・出産で喪失する可能性のある自由2 選択の自由

胎内に他者が突然発生するという実感から他者関係が始まる。その他者を受け入れるか受け入れないかは選択の自由に見えるが、どちらを選んでも心理的負担を選択する者に与える。(P.156)


生命を生み出すか否かについて決断する際、宗教や親族などが介入することにより、本当は出産を望んでいないのに産むことになったり、自分の決断に罪悪感を抱いたり、といった、「実質的に自由に選択できない」という状態も発生し得ます。


妊娠・出産で喪失する可能性のある自由3 自己統治的自由

妊娠したことで、ひとりの体ではなくなり、したいことができなくなったり、他者に依存しなければならなくなったりする可能性があります。


妊娠・出産で喪失する可能性のある自由4 経済的自由

懐胎する身体では通常的な意味での労働能力は著しく落ちる。とくに出産前後にはそれが強まる。その期間、経済的自立は困難となる。さらに社会は、そうした懐胎可能な身体を口実に、女性の労働能力に対して低い評価しか与えない。(P.156)


妊娠・出産で喪失する可能性のある自由5 自らの可能的未来を追求する自由

出産後に現れた他者への育児責任を現状では全面的に負うことが求められる。他者の生存可能性に責任ある期間は、その他者優先の生活を行わねばならない。(P.156)


出産・育児は重労働。男性も「今までより自由ではなくなる点」について覚悟しておくべき

家族

さまざまな自由が失われるという観点だけから見たら、妊娠・出産はとても辛いことのように思われます。

ですが、大越先生は、「妊娠・出産はデメリットだらけだからしない方がいい」と主張しているわけでは決してありません。


むしろ、「女性が産むという選択をするのは、全員が自然にそうするべきものではなく、懐胎によって生ずる不自由をあえて選択する決断なのであり、その決断は尊重されるべきだ」として、重労働である出産をもっと社会的に評価するべきだ、と主張しているのです。


また、命がけの出産という行為について、「ほかの生産労働・賃金の発生する労働に比べて、低い評価しか与えられていない」という現状も非難しています。出産と同様にこれまで軽視されてきた労働に、家事があります。家事労働については、近年、「専業主婦としての仕事は、賃金労働に換算すると年間○万円になる」など、その労働の価値を可視化する動きも出てきており、女性だけが無償でするのが当たり前、という認識は薄まりつつあります。


ですが、妊娠・出産・育児については、重労働であるにも関わらず、現在でも「母性があるから、女性がして当然」と考えている人は少なくありません。


そのため、妊娠・出産後、育児を主体的に行わず、「手伝う」気分で、子供がいない時と同じように遅くまで飲み会に参加する、などの行動をとる夫に対し、苛立つ妻はたくさんいます。出産後に「手伝い」気分で、自分の生活をまったく変えようとしない夫を見たくないなら、できれば早い時期に、女性にとっての出産は身体的自由や経済的自由など、さまざまな自由を失うリスクのある重労働であることを伝え、男性側にも「一定の自由が失われる覚悟があるのか」を確認しておいた方がよいでしょう。


参考


▼バックナンバーはこちら

・「付き合うまで性行為はしない方がいい」は純潔教育の名残?
・明治時代から続くモテ路線。「男らしい男性」ってどんな人?
・「彼氏からのプロポーズを待つ」が危険すぎるワケ
・母親の自己犠牲は「母性」があるから当たり前?
・「女性の性欲」を「無いもの」にするのはやめよう

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・妊活・お金・介護・美容…40歳までに知っておきたいことリスト
・【連載】なんで子供が欲しいの?
  • 今来 今 (フリーライター)

    神戸出身。編集者を経て現在フリーライター。複数メディアにて、映画評・書評・ルポなどを連載中。

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