母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #12ベランダの鳩(12)

  • 更新日:2019/03/22

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#12 ベランダの鳩(12)

 ただ、それももう昔の話だろう。

 さっきからチラチラと見れば、弟はくにちゃんとずいぶん親しそうで、そういえば母は彼女のことを、〈もともと〉自分が知り合った、と説明したのだと思い出した。つまり今では自分よりも、わらびのほうが親しい仲、ということらしい。母の連れてきた女子と付き合う神経は信じられなかったけれど、こうやって自宅で母カップルと弟カップル、男女二×二で仲よく飲み会をして過ごしているのであれば、私の気づかいなんて、そもそも無用だったのだろう。

 ずっと私だけ、ひとりぼっちなのだ。

「ドリフかけていい? ドリフ。ズンドコ節聴きたい」

 広いおでこを光らせた若いくにちゃんが言い、

「うん。でも、もう夜だから、音小さくね」

 それなりに常識はあるのか、アラフィフの母がにこやかに応じている。くにちゃんはCDを聴けるミニコンポに向かい、ザ・ドリフターズのゴールデンベストをかけた。

「なつかしいね、これは」

 母よりは少し年上に見えるさとしさんは言った。七〇年代初頭の歌謡曲は、自分にとっても、うっすら記憶にあるくらいだから、キヨミちゃんにはだいぶ古いんじゃない? と母に話しかけている。

「そう!」

 母は勢いよく応じた。目を線みたいに細くして、嬉しそうに笑う。それは母世代のモテ顔なのかもしれない。「最近は、誰もそこをわかってくれないの! 私は趣味で昭和歌謡に詳しいのに、単に世代だと思われて悔しい。私のリアルタイムは、七〇年代後半から」

「知らないって、そんな細かいこと」

 私は母をたしなめた。十代ならともかく、母くらいの年齢になれば、五年や十年は誤差の範囲だろう。

 踊りながら戻ったくにちゃんと入れ替わりに、さとしさんがふらふらと席を立ち、音系のあれこれの置いてあるあたりを、ふふん、ふふふん、と眺めている。そこにはCDの他にも、アナログ・レコードやプレーヤーがある。

「さとしさんて、なにしてる人なんですか」

 戻ったところで私は訊いた。自分としては、比較的うまいタイミングで質問できたと満足した。

「え……僕?」

 赤い顔をしたさとしさんは、さらに缶ビールをぐびっと飲んだ。これまでの恋人たちよりだいぶ地味な、大人しい印象だったけれど、少し照れたように笑うのは、やはり母が好みそうなタイプだと思った。「仕事は……トレーナー」

「トレーナー? なんの……ですか」

 私が聞き返すと、なぜか母と弟、そしてくにちゃんの三人が同時に笑った。

「……ポケモン」

「ポケモン?」

「そう。ポケモントレーナーのサトシです」

 急に名前がカタカナで聞こえた。三人はまた笑っている。

「え、そういうんじゃなくて。あ……これ、冗談ですか? 名前も仕事も」

「いや、名前は本当。ポケモンをやってるのも本当、スマホで。ポケモンGO」

 言いながら床に置いた鞄を探り、ようやく見つけた様子の名刺を差し出した。肩書きは大学の先生で、名前は漢字で悟だった。


(つづく)



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第8話:ベランダの鳩(8)


第9話:ベランダの鳩(9)


第10話:ベランダの鳩(10)


第11話:ベランダの鳩(11)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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