
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #9 ベランダの鳩(9)
- 更新日:2019/05/30
- 公開日:2018/11/01
« 前回から読む
#9 ベランダの鳩(9)
わらびが買って来た満洲の餃子をお皿に移し、それを食卓に運んでから、私はベランダのほうにぷらりと歩いた。
「どうしたの?」
母親に訊かれ、「鳩の巣……」と振り返って答えると、「そんなの明日でいいでしょ。今日はもう暗くて見えないから」と笑われた。
「あの子たちだって、きっともう寝てるし」
「あの子たち?」
「いいから。料理があたたかいうちに食べなさいって」
言われた通り席につき、グラスにビールを注いで、一口くいっと飲むと、
「こごみです、母と弟がいつもお世話になっています」
私はあらためて告げた。だってここまで誰も名乗らないし、誰も紹介してくれない。私が動かない限り、もうこのままだろうと思ったのだ。
「あ。くひほほっふ」
と、若い女子が爆弾おにぎりにかぶりつきながら言った。
さすがに今の発音では通じないと思ったのか、けふっ、と小さく笑い、ゆっくり口の中をカラにしてから、くにもとです、と丁寧に言い直した。今日はじめて聞く、彼女の丁寧語だった。
「先週バイトやめて無職なんで、今、わらびと一緒にパワースポット巡ってます」
「パワースポット?」
「やめろよ、そういう冗談。姉ちゃん、本気にするから」
顔だけは可愛い弟が、生意気なことを言った。かわりになにか説明するのかと思えば、たっぷりタレをつけた餃子を一つ頬張り、幸せそうに噛みしめている。
「え、知らないんだっけ。くにちゃんのこと。会ったことない?」
こちらは完全にマイペースな母が、自分用の焼酎お湯割りを作りながら言った。「もともと私がなつかし屋さんで知り合ったんだよ。通りのあっちにできた雑貨屋さん。くにちゃん、若いのに昭和歌謡が好きだって言うから、じゃあうちに聴きにくればって。奥村チヨもオックスもあるよって」
年の頃から言って、わらびの学校の友だちかと簡単に思っていたから、母のほうの知り合いだったと聞いて少し意外だった。
(つづく)
NEXT » ベランダの鳩(10)
« 小説を1話から読む
■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第4話:ベランダの鳩(4)
第5話:ベランダの鳩(5)
第6話:ベランダの鳩(6)
第7話:ベランダの鳩(7)
第8話:ベランダの鳩(8)
-
-
藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
この記事がいいと思ったら
いいね!しよう
Related関連記事
Pick Up編集部ピックアップ
Rankingランキング
-
1
エンタメ
「好き避け」しちゃう恋に未来はあるの!?好き避けする女性のホンネと恋愛成
-
2
エンタメ
カップルで貯める!「共同貯金」のコツ
-
3
エンタメ
80%以上が経験アリ!SNSでイラつく投稿TOP3
-
4
エンタメ
【ちょっとだけメンドクサイ女たち】第139話[最終回]
-
5
エンタメ
【ちょっとだけメンドクサイ女たち】第138話
-
6
エンタメ
「残酷な天使のテーゼ」は若い男を天使に例え、成長しないでと願った歌
-
7
エンタメ
【ちょっとだけメンドクサイ女たち】第129話
-
8
エンタメ
【ちょっとだけメンドクサイ女たち】第137話
-
9
エンタメ
2020年1月生まれの赤ちゃんの名前トレンドランキングTOP10
-
10
エンタメ
ハーブティーが「うつ」の夫を支えてくれた 新刊『ハーブティーブレンド10