母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #8 ベランダの鳩(8)

  • 更新日:2019/05/30

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#8 ベランダの鳩(8)

 レトルトを利用した炊き込みご飯を大きく握って、それを軽く火であぶった海苔一枚で、がしっと包む。

 それが母特製の「爆弾おにぎり」だった。

 普段あまり料理をしない母だけれど、そのおにぎりはよく作ってくれる。炊き込みご飯の素は、業務スーパーで特価販売しているのをだいたい買って来るから、そのときによって中身の具は違う。今日はあさりの炊き込みご飯だった。

「あんたの好きな煮玉子もあるよ。食べる?」

「食べる」

 私は即答した。その煮玉子は、母の手料理では最近のヒット、はずれなしのおいしさだった。

「あと三個しかなかったから、うまく分けて」

 よい色の煮玉子を二つに割って、三個分、一つの器で運んで来た。かつおだしの香りがほんのりとして、黄味の中心がとろりとしている。

 いただきまーす、と参加した男女も、

「おいしい、これ」

 と同時に言った。特に女子のほうは不思議そうに、「どうしたの、これ」とまで訊く。

「作ったの。すっごく簡単。土井先生のレシピ。ふつうに半熟玉子を茹でて、汁に漬けておくだけ」

 あまり料理をしないわりに、母は料理研究家の土井善晴先生の番組を見るのが好きだった。よくHDに録画して、深夜に見ている。

 ばたん、と大げさにドアを閉めて、弟のわらびが帰って来た。近所の中華屋さんに、餃子を買いに行っていたらしい。

「なんだ、姉ちゃん。帰ってたのか。だったらついでに買って来てもらえばよかった」

 わらびは不満げに言い、ちぇっ、と舌打ちをした。白いレジ袋をぷらんと提げている。

「なにそれ、感じ悪い」

「だって、駅からすぐじゃん。連絡くれた? くれたら、俺がわざわざ買いに行かなくてもよかったはず」

 わらびは首を振り、レジ袋の置き場を探していた。女の子がテーブルに積んであったパズル雑誌を素早く床に下ろして、スペースを作る。よく息が合っているけれど、せっかくだからお皿に載せようと私が受け取り、キッチンに向かう。3割うまい、がキャッチフレーズの、チェーンの中華店の餃子だった。

「姉ちゃんが……いたのか……」

「は? しつこいね。わらびが自分で言ったんじゃん、じゃんけんに負けたら、俺が満洲に餃子を買いに行くって」

 私の代わりに文句を言ったのは、おでこと頬がつるんとした女子だった。まだ名前も聞いていない。「本当に負けたからって、いらつくってどうなの」

「……ごめん」

 と、わらびが素直に謝るのが聞こえた。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第3話:ベランダの鳩(3)


第4話:ベランダの鳩(4)


第5話:ベランダの鳩(5)


第6話:ベランダの鳩(6)


第7話:ベランダの鳩(7)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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