母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #4 ベランダの鳩(4)

  • 更新日:2019/05/30

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#4 ベランダの鳩(4)

「さあ。なんで、って言われても困るけど」

 鳴き声がうるさいし、ところ構わずフンを落として汚い、ご近所迷惑……野鳥をむやみに繁殖させては困る理由を、私が常識的な範囲で想像して答え、だいたい、野鳥はバイ菌だらけだよ、という情報も付け足すと、

「ああ」

 と母は言った。言葉が途切れたせいで、周りのざわめきが一層強く聞こえた。今どこ? と訊ねると、家のすぐ前の天ぷら屋さんにいるらしい。もちろんお酒を飲んでいるのだろう。「おーい、こごみちゃん、こんばんは~」と誰だか知らないおじさんが電話に出て、また母に戻った。

「でも、一番うるさいし汚れるの、うちなんだから。うちがよければいいじゃない」

 母が、母らしい理屈で言う。

「ダメ。今はまだ巣を作られた被害者だけど、そのままにしたら、うちが加害者になるよ」

「なんか大げさ」

 と母は笑った。こごみちゃん、めんどくさい、と言うときと同じ調子だった。「とにかく一回見に帰ってきたら? それまでは、ずっと放置しとくよ、こごみちゃんと、わらびちゃん。成長が楽しみ」

「やめて、そういう冗談」

「なんでよ、本気なのに

 あははは、と母は高らかに笑った。鳩の巣をエサに、娘を呼び戻す気まんまん、といった口調だった。


 結局、金曜日の仕事を終えてから、私は実家に帰ることにした。

 最近は母に文句を言われないぎりぎりのライン、だいたい月一回のペースで週末に戻るようにしていたから、四月に入って二度目の帰宅は予定外ではあったけれど、放っておくと、本当に言葉通り、鳩の巣をそのままにすると思ったのだ。弟のわらびにすべての処置を任せる、という方法は、残念ながら、もし試してもほとんど意味のない選択になりそうだった。

 基本的に弟は母と同類、愛想がよくて、だらしないタイプだった。顔が可愛くてモテるせいで、それでいいと本人もずっと思っているようだ。母に替わって家事をする、という発想もないから、月一で帰宅すると、私がざっと家の中の掃除をすることになる。一緒に外食に出ないかぎりは、食事も私まかせだった。

「わらびがやりなよ。ここに住んでるんでしょ」

 と文句を言うと、

「……姉ちゃん、俺のこと捨てたくせに」

 と、濡れたような目で見返して、弟は必ず言った。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第1話:ベランダの鳩(1)


第2話:ベランダの鳩(2)


第3話:ベランダの鳩(3)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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