母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #3 ベランダの鳩(3)

  • 更新日:2019/03/22

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#3 ベランダの鳩(3)

「野生の鳩って、バイ菌がいっぱいいるらしいよ。だからお母さん、あんまり触んないほうがいいかもしれない」

 職場のお昼休みに、鳩の巣のことを先輩の中園さんに訊ねると、そんなふうに教えてくれた。会社のご近所ランチの定番、喫茶店「花時計」に来ていた。ご夫婦がふたりで営む小さなお店だ。ランチのメニューはホットケーキのセット数種だけ。店内は見事に女性客で満員だった。

「あと、ベランダは知らないけど、公園なんかで勝手にエサやりしたら、条例違反で怒られるんじゃなかったっけ。それに野生の鳩は飼ったらいけない法律があった気もする」

 中園さんが、上品な小さな唇で言った。大の小麦粉好きだけあって、週に一回はここのホットケーキランチに行こうよとその唇が誘う。用意のできたひと皿がよそのテーブルに運ばれるのを、先輩も私も、つい目で追う。四角いバターの載った丸いホットケーキが、分厚く二段。そこにフルーツ(今日はメロンだった)を添えたサラダと、ぷりぷりの長いソーセージが二本ついたランチだった。お腹がぎゅるると鳴る。私はソーセージではなくて、今日はふわふわのスクランブルエッグをプラスしたランチを、先輩はホットケーキを三段にして、ハムのついたのを注文していた。早く。早く届いてほしい。

「うちのお母さん、勝手にエサあげちゃうような人なんですよ」

 空腹をこらえて私は言った。母、と呼んだほうがよかったかとも思ったけれど、それほど立派な話でもない。「世の中のルールが今一わかってないっていうか。バイ菌にも鈍感で、口をつけたペットボトル、何日経ってもそのまま飲んでるし。床に落ちたものでも、弟と一緒になって、三秒までなら平気とか言って食べちゃう」

「三秒ルールね」

 と、中園さんが言った。

 


 その夜、先輩に聞いた情報を伝えようと、

「鳩の巣どうなった? ちゃんと管理会社に連絡した? それとも保健所かな?」

 母の携帯に電話をかけると、

「ん、どこにも連絡してない」

 いかにも外、おそらく飲み屋、という騒がしさの中、楽しそうに答えた。「もう、そのままにしようかと思って。ほら、毎日エサとかあげるのは面倒だけど、巣の場所くらいは貸してあげてもいいじゃない。どうせベランダの隅なんて、使いようがないんだから」

「面倒じゃなくて、エサあげたらいけないらしいよ、条例で禁止だって。あと、野生の鳩は法律で飼うのも禁止」

「え……なんで?」

 と母は心から不思議そうに言った。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第1話:ベランダの鳩(1)


第2話:ベランダの鳩(2)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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