
前回のあらすじ:デート現場を哲也に見られてしまった遥。男と男のプライドを観察しながらも、言い訳をしならがタイミングを見計らう遥。そしてついに、遊園地の一件を哲也に聞くことを決意したのだった。
恋愛パラドックス ~しんどい女子の癒し方~:第8話 彼のついたうその真実に感情の爆発がとまらない
「嘘?」
哲也の表情が、キョトンとする。
「この前行きたいって言ったネズミーランドのチケット、本当は哲也の手元にあるってわかっちゃったから。あたしどうしたらいいか分かんなくなった」
哲也の眼球が今度はキョロキョロと動き出し、あきらかな動揺と苛立ちを感じているのがわかる。
ひろげた不満と不安の風呂敷は、もう片付けることはできない。
「あの時『今回は外れたから』って言ったよね。でもあたし、カバンの中にチケットがあるの見ちゃったの。悪いと思ったけどさ。でも2枚あった。あれって、誰と行くつもりだったの?どうして嘘ついたの?もし哲也が嘘ついてるんだったら、こんな関係続けてるあたしって、馬鹿みたいじゃん。そう思ったら、不安になって、正典くんとご飯にいったんだよ」
どんどん強まる口調に、感情が引っ張られて興奮して息が荒くなっていく。
あたし、こんなに不満と怒りを感じてたんだ。息を上げながら言い切ったところで、不安と同じくらい、爽快感が胃のあたりに生まれるのを感じる。
感情を吐き出すって、こういうことなんだ。
強い目で哲也を見つめると、彼は不機嫌そうに一瞬沈黙し、ゆっくりと口を開く。
「なんだ。そんなことか」
生まれた胃の爽快感は一瞬にして縮こまり、奥歯がかすかに震え出す。
「そんなこと?」
遥は動揺を抑えながら、言葉の意図をいろんな方向性から仮定してみる。
“お前のことは、遊びだったんだ”
“ネズミーランドのチケットはサプライズだったんだよ”
“これ、実は当たった人に手違いで渡せなかったんだ”
取り越し苦労と、最悪の展開。そして意外性のあるパターンなど次々と妄想を膨らませ、そして浮かんでは消していく。
「このチケットはさ、事故だったんだ」
哲也がカバンからチケットの入った茶封筒を取り出し、遥の前に無造作に投げる。
「実は当たったってメールを、間違えて家族に連絡しちゃったんだ」
「え………」
「あの日当たったよって遥にメールしようと思ってた。でも酔っ払ってて、間違えてあいつにメールしちゃったんだ」
あいつという呼び方に、遥は一気に緊張感を高める。
哲也は携帯を取り出しメッセージ画面を見せる。そこには「美冬」という名前と、アイコンの丸型には、2人の子どもの写真が収まっていた。
メッセージの最後には、『ディスニー当たったから行こう!』と、哲也から発信されており、そこから返事はない。
それより前は、「今から帰る」とか「土日は家に居るの?」とか、業務連絡のようなやり取りが行われているだけ。
「帰った後、あいつからは『あのメール何なの?』って聞かれた。もちろん行く気は無いってさ。これが事実だよ」
「…………そんなの、信じられない」
沈黙の後、遥はどの言葉から口に出すのがベストか考えてみるけど、疑問だらけの頭からは、批判的な単語だけが自分を埋め尽くす。
「どうせ本当はこっそり家族と行こうと思ってたんじゃない?」
止めなきゃ。止めなきゃ。止めなきゃ。
「だいたいその話が事実なら、どうしてこの前言わなかったの?」
止めなきゃ。止めなきゃ。止めなきゃ。
「言わなきゃバレないと思ってたなら、うそついてたのと一緒だよ」
止めなきゃ。止めなきゃ。止めなきゃ。
「あたしがどんな気持ちで一緒にいるか、全然考えてくれてない」
怒りと焦りの感情が一気に吹き出し、充満したガスに火がつくように爆発する。
自分の中にはこんなにも醜い怒りが存在していた。気づかなかった事実への驚きと、ただただ感情に振り回される自分に、疲労感がどっと押し寄せる。
「その話が本当でも、今は信じられない」
そう言い哲也に強い目線を送ると、不機嫌そうな哲也と目が合う。
「でも信じられないんなら、もうダメかもしれないね」
ダメという言葉は、別れるという意味を指すのか。
「ダメじゃないでしょ!」
思わず勢いだけで言い返す。
予想では「ごめん」という言葉がくると思っていたため、上手く言葉が選べない。
「ダメとかじゃなくて、ちゃんと話し合いたいの」
遥は焦りながら場をつなぐ。そこには数秒前に罵声を浴びせていた自分も、それに爽快感を覚えていた記憶も、愛と執着という感情の前に、すっかり抜け落ちていた。
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■恋愛パラドックス ~しんどい女子の癒し方~バックナンバー
第3話:4年彼氏ナシ女と不倫女子!どちらが幸せで充実した人生か
第4話:不倫は普通の恋愛と変わらない!罪悪感ないけど何か問題ある?
第6話:思いつきのデートは地獄確定?
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おおしまりえ(恋愛ジャーナリスト/イラストレーター)
水商売やプロ雀士、一部上場企業などを渡り歩き、のべ1万人の男性を接客。鋭い観察眼を磨き、ゆりかごから墓場まで関わる男女問題を研究。本人も気づかない本音を見抜く力で、現在メディアや雑誌でコラムを執筆中。