母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #58 恋する時間(28)

  • 更新日:2020/11/19

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#58 恋する時間(28)

 それから広い佃公園に行き、もう一つ、私のお気に入りの景色を見てもらうことにした。

「見て! これが隅田川!」

 もともと大きな川だったし、すぐ脇の遊歩道から見ると、川面の揺れまで間近に感じられて、とにかく迫力があった。

「なんか、すげえ、たぷんたぷんしてんね。川」

 太陽が感心したように言う。

「隅田川って、こんなに大きいんだ~」

 美香ちゃんも言った。「川って、もっと下をちょろちょろ流れてる印象があったよ。台風のときだけべつで」

 地元の同級生だけあって、初見の感想は近いのかもしれない。私もはじめにここを歩いたとき、同じ東京にこんな大きな川が流れているのかと正直びっくりした。

「奥ちん、写真、写真」

 おせっかいな太陽に言われなくても、奥平君は当然カメラを構えて、シャッターを切りまくっている。

 水かさが増したときには、すぐに川に飲み込まれるに違いないあたりを四人で歩き、また同級生写真を何枚も撮ってもらう。そして川べりのベンチで休憩した。だいぶ斜めになった日が照らす広い川と、そこをすーっと進む水上バス、モダンな対岸の景色が本当にきれいだった。

「私、こういう時間が好きなの」

 目を細めながら言うと、

「わかるよ」

 すぐに奥平君が言った。このあたりを私が描いた絵と、奥平君の写真を並べて、地元の夜市で売るところをふんわり空想する。

 案外、それも悪くない気がした。


 月島のもんじゃストリートに戻って、さっき目星をつけたお店を目指していると、


〈至急! もんじゃのいい店おしえて! 俺、いま、月島にいんの。ってか、姉ちゃんもいっしょに行かない?〉


 あまりに見事なタイミングで、弟のわらびからLINEのメッセージが届いた。

 ちょうど太陽たちともんじゃを食べに行くところだと返信して、お店で落ち合うことにする。

 私たちが席に着いてしばらくすると、おでこのつるんとした可愛い女子、くにちゃんを連れたわらびが姿を見せた。同じ隅田川沿い、清澄白河のカフェに行った帰りだという。

「なーに、おしゃれなことして」

 姉の私にからかわれたくらいで、照れるようなわらびでもない。地元の顔見知りでもある私の同級生三人にそつなく挨拶して、自分たちの注文を済ませると、私のほうを見て小さく笑い、

「姉ちゃん、もう母さんから連絡あった?」

 さらりと訊いた。

「ないよ。なに」

「結婚するって。サトシさんと」

「なんて!」

 思わず、いつもの驚き方をして、太陽と美香ちゃん、奥平君の三人に大きく笑われることになった。

 でも、仕方がないだろう。わらびの伝え方は完全に私を驚かせようとしてのものだったし、ずっと未婚で私たち姉弟を育ててきた母が、今になって結婚を言い出すとは、正直想像もしていなかった。

「うそでしょ」

「本当。今日あたり、連絡してくるんじゃないの。俺らも、ゆうべ聞いたんだよね」

 わらびに言われ、可愛いくにちゃんがうなずいている。

 オクビョウな私がせっかく小さな恋を、ゆっくりゆっくり芽吹かせようとしているところなのに、そこに自分の結婚話って。

 昔から、必ずと言っていいくらいにそういうタイミングで、ジユウな母は、ひょい、とはるか上空を飛び越えて行ってしまう。

 これはもうかなわないや、と私もとりあえず笑っておくことにした。


(第一部 おわり)


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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第53話:恋する時間(23)


第54話:恋する時間(24)


第55話:恋する時間(25)


第56話:恋する時間(26)


第57話:恋する時間(27)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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