
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #57 恋する時間(27)
- 更新日:2020/11/05
- 公開日:2020/11/05
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#57 恋する時間(27)
美香ちゃんとは、しばらく手を取り合って喜んだ。
もちろん地元にだって、おしゃれなお店がないわけではなかったけれど、高いものも安いものも、ハイセンスなものもダサダサなものも、すべてがごちゃ混ぜになったあのゆるい雰囲気が、つねに街全体を包んでいる。
それを暮らしやすいと取るか、いつまでも代わり映えしないと取るかは人それぞれだろうが、よその街の小洒落たマルシェに立ち寄った若い娘に、まず心躍らせるなとは誰だって言えないだろう。
「おーい、こんなに買ってどうすんだよお」
すっかり荷物持ちにされた太陽が、やがて嘆くようにつぶやくのがせめてもの抵抗。
それにしたって、
「平気平気、車にのせちゃえばいいんだから!」
美香ちゃんに軽く返されれば、黙ってうなずくしかないようだった。
ジャム。ピクルス。クッキー。シフォンケーキ。
しいたけ。パプリカ。ワインビネガー。
美香ちゃんを中心に、マルシェでたっぷり買い物を済ませると、一旦、荷物を置きに車に戻り、近くのカフェで一休みした。
そこから散歩がてら、四人でわいわい、林立するタワーマンションを見上げて感想を述べ合い、少しくらいは私だって知っているご近所の喫茶店やパン屋さんを紹介しつつ、このあとに寄るお店の目星もつけながら月島のもんじゃストリートを抜けて、しっかり佃島まで足を延ばした。
朱色の欄干のきれいな小橋を渡って、まずは島の守り神、住吉神社を参る。
さらに昔ながらの駄菓子店を覗き、あとはお気に入りの佃煮屋さんをはしごした。
江戸からつづく老舗が三軒、比較的新しくできたお店が一軒。
地味だなんだと、前にさんざん私をからかったくせに、やはり定番の観光スポット、太陽も美香ちゃんも奥平君も、家へのお土産に佃煮を選んでいる。三人にかぎらず、地元にいる友だちは、だいたいみんな昔のまま、実家暮らしだった。
あさり。特選昆布。たらこ。
かつお角煮。いかしぐれ。しらす。
海老。穴子……。
「ウナギ、高っ」
太陽が思い切り声に出した。
老舗のおばあさんが、苦笑している。しっかり者の美香ちゃんが、彼氏の失礼をわびるように、
「じゃあ、私が買おっかな、一つ。お父さんに」
とウナギの佃煮を指差している。
「おっ、すげ」
太陽はのんきに感心しているけれど、きっと半分くらいは、自分ももらって食べるつもりだろう。
一足先にお店を出た奥平君が、のれんのかかった古い店構えや、レンガ調のタイルが敷かれた道なんかを、あらためて写真に撮っている。
「いいでしょ、このへん」
私が訊くと、
「いい!」
奥平君はカメラを下ろして笑った。
「気に入った?」
「気に入った」
私の見つけたお気に入りの場所だから、定番の観光スポットとはいえ、友だちにも気に入ってもらえて、やっぱり嬉しかった。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第52話:恋する時間(22)
第53話:恋する時間(23)
第54話:恋する時間(24)
第55話:恋する時間(25)
第56話:恋する時間(26)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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