
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #54 恋する時間(24)
- 更新日:2020/09/28
- 公開日:2020/09/17
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#54 恋する時間(24)
奥平君が撮ろうとしているのは、べつに私の写真だけではないみたいだった。
もちろん、そうだろうとは思っていたけれど、実際そうだとわかって安心した。
同級生カップルの仲むつまじい食事の様子を撮り、ボートハウスみたいな白いテラス席のあちらこちらを撮り、そこからのぞむ運河と、対岸の小さなビルにカメラを向ける。
「見せて」
すっかり撮影して回った奥平君が席に戻ると、美香ちゃんがデジカメを受け取って、液晶画面で写真のデータを確認した。
太陽も一緒にそれを眺め、だいたいの様子がわかったのか、
「いいじゃん」
と奥平君に言った。
彼の手元にカメラが戻るのを待って、私も見させてもらう。
小さな液晶画面で一枚ずつ、さささ、さささ、と確かめ、あっ、と思ったり、ほお、と感心したり。やがて、すねたような自分の顔があらわれて、一気に照れくさくなり、写真を先に進めてから、はい、とカメラを返した。
「それ、どうすんの。写真」
のんびりと太陽が訊くと、
「んー。プリントして売ろうかな。今度の夜市で」
照れくさいのか、ちょっと口をとがらせて、奥平君がおそろしいことを言う。
「それはっ」
ダメ、と私が言うよりも先に、
「風景のだけね」
念のため、というふうに奥平君が付け足した。
まあ、普通に考えれば、それはそうだろう。
ただ、あのごちゃごちゃした地元の夜市なら、なにがあっても不思議はない。どこの誰ともわからない人が、自分の家族アルバムを売っていても驚かないし、それを買う人がいても驚かない。古着や古道具、自宅所蔵のガラクタ(に見えるお宝もあるらしい)の他に、自作のイラストや小冊子、曲なんかを売っている人も多い夜市だった。
「いいじゃん、ふたりで並んで売れば。こごみと奥ちんで。なんか、アートの好きな、意識高い系カップルに見えるし。俺ら陽気な地元民ふたりは、どっかで軽く飲んでから、いい頃に冷やかしに行くぜ~」
しらふでも酔っているような太陽が、楽しそうに言う。
NEXT »#55 恋する時間(25)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第49話:恋する時間(19)
第50話:恋する時間(20)
第51話:恋する時間(21)
第52話:恋する時間(22)
第53話:恋する時間(23)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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