
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #53 恋する時間(23)
- 更新日:2020/09/23
- 公開日:2020/09/03
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#53 恋する時間(23)
「写真とっていい?」
えっ、と聞き返して、奥平君のほうを見ると、彼は白い一眼レフのデジカメを、もう構えていた。丸い大きなレンズが、横の席からこちらを狙っている。
「い、今とるの? そこから? 近くない?」
「いい?」
「いいけど」
意外に押しの強い口ぶりに、あっさり負けて私はうなずいた。きっと休日の遊びの記録だろう。
せっかくだからと、まぐろの丼を少し向こうに傾けて、身は引き気味に、精一杯の笑顔を作る。でも奥平君が求めているのは、そういうポーズではないみたいだった。
一ミリもシャッターを切らずにカメラを下ろすと、
「気にしないで、普通に食べてて」
と、にこやかに言う。
「はーい」
私は照れ隠しのように明るく答えた。
もっと自然な写真を撮りたいのはわかったけれど、ふだん愛想のない私にすれば、せっかくのサービスポーズ。そっちも一枚くらい、とっておけばいいじゃないか。
ちぇっ、とすねた心が表情にあらわれたのか、
「いいね、その顔」
と奥平君は言い、すかさずシャッターを切った。
え。
そういう意地悪な写真を撮る人なんだ、奥平君。
ふうん、と納得し、軽く警戒しながら、丼のまぐろを口に運ぶ。
なるべく上品な箸づかいで。背筋もぴんと伸ばして。
それをパチリ……パチリと奥平君がゆっくり写真に撮る。しばらく音がしないので彼の方を見ると、カメラを下ろして自分の丼をニコニコ食べていた。もう終わったのかとホッとしていると、やはりそういった気の抜けた表情がいいのだろう、いきなりシャッターを切る音がする。気をつけないと、相当ゆるい顔ばかりとられそうだった。
でもどうせ急に呼ばれて、〈寮〉を飛び出してきた格好だった。
気取ったって大したことはない。
もうカメラは意識しない、ということに意識を集中させて、〈自然に〉まぐろ丼を食べ、友人カップルに〈自然な〉笑顔を向け、ふと眺めた運河に〈自然と〉目を細めていると、
「やめろって、なんか、不自然すぎてこっちが緊張する」
たまりかねたように太陽が言い、美香ちゃんがはじけるように笑った。
NEXT »#54 恋する時間(24)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第48話:恋する時間(18)
第49話:恋する時間(19)
第50話:恋する時間(20)
第51話:恋する時間(21)
第52話:恋する時間(22)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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