
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #50 恋する時間(20)
- 更新日:2020/08/20
- 公開日:2020/07/16
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#50 恋する時間(20)
太陽の実家は地元のラーメン店で、煮干しだしのスープと細い縮れ麺、たっぷりのネギとさっぱりチャーシュー、大きくてジューシーな餃子が昔から人気だった。
今はお兄さん夫婦が手伝っている。
太陽も高校時代には厨房を手助けしていたようだったけれど、学校を出ると、手堅く公務員になった。
「店は兄貴が継ぐから」
ということらしい。
イケイケなようで案外慎重な運転には、そんな性格もあらわれているのかもしれない。
それでも目指す埠頭までは、十分もかからずに着いた。
「近いじゃん、すごく」
運転席の太陽が言う。
「うーん、でも歩くとだいぶあるね。バスかな、来るとしたら」
これまで足を伸ばしたことのない場所に、思いがけず連れてこられたのを楽しみながら、私は窓の外をうかがった。
勝ちどきを抜けて東京湾岸、水産会社の大きな倉庫ばかりが目立つ界隈だった。
入り江なのか、水辺のぎりぎり、ボートハウスみたいな建物の手前で車を停め、太陽が外に出た。
そこでスタッフらしい人の指示をあおぎ、隣の倉庫の前に車を停め直す。
マグロ卸のマグロ丼、というのがお店にかかった看板だった。
食券の自動販売機にコインを入れ、わいわいとメニューを選ぶ。海に面したテラス席で、ランチの丼を食べられるということだった。列を作ってはいなかったけれど、席はだいぶ埋まっている。夜はバー営業をしているようで、そちらのメニューが壁にかかったサーフボードにびっしりと記されている。
食券を厨房のカウンターに渡し、よく外を見られる席に座った。
テーブルは、がっしりとした木の枠組みに分厚いガラス板をのせたもの。それをはさんで、背もたれのない、白いビニール貼りの長椅子が二つある。床は甲板のような板の間で、サーフボードや船の舵輪、カジキマグロらしいフィギュアや大きな木の樽、もやい結びで張られたロープなど、あちこちに海や船を思わせるものが配置され、飾られている。
食券の番号を呼ばれ、私と太陽がカウンターに取りに向かった。分厚いまぐろのたっぷりのった丼が、まず二つ用意されている。
「おっ! いいね!」
太陽がにんまりと言い、私も大きくうなずいた。
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第45話:恋する時間(15)
第46話:恋する時間(16)
第47話:恋する時間(17)
第48話:恋する時間(18)
第49話:恋する時間(19)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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