
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #48 恋する時間(18)
- 更新日:2020/07/02
- 公開日:2020/06/18
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#48 恋する時間(18)
「中もすごいんじゃないの?」
大きな目をきらきらさせた美香ちゃんに訊かれ、
「すごいけど、じつはあんまりよく知らない。だいたい隅っこで小さくなってるから」
私は答えた。複数の会社の人が寄り集まった寮内には、同じ会社同士なのか、すごく仲のよさそうなグループもいれば、よその社員との情報交換に熱心な人たち、寮内でイベントを開催するような社交的なメンバーもいる。
そんな中、とにかく目立たず関わらず、静かに暮らしているのが私だった。
部屋から出るとき、廊下に人がいると、一旦引っ込んで、しばらくじっと待ってしまうタイプ。
「だろーなー」
太陽がうなずいた。高い鼻の脇を人差し指でぽりぽりとかく。「そんな雰囲気が、ぷんぷんしてる。びくついてる感じ」
「うるさいなー、さっきから。動きがへんとか、びくついてるとか」
私はちょっと口をとがらせた。太陽をじとっとにらむ。「ここで一人の生活を楽しんでるの。ほっといてよ」
「こっわ」
太陽は言い、それから笑った。嫌味のない、さわやかな笑顔だった。「そんな怒んなよ。なんかこっちでこごみがなじめなくて、空回りして、挙動がおかしくなってんじゃないかって心配してたんだよ。でも安心した。俺をにらんでるこごみ、昔のまんま。なっ」
太陽に同意を求められ、美香ちゃんも奥平君もうなずいた。
そんな。私はずっとオクビョウなつもりだったのに、周囲からはヒステリックに見えていたのだろうか。
ただ太陽が昔と変わらず、面倒見のいいタイプなのは、ここ最近のやり取りでわかっていた。少なくとも、月島までわざわざからかいに来たわけではないのだろう。
「ごめん」
私は謝った。近頃のイライラが、少し噴き出しかけたのかもしれない。「寮の中、見る? ゲストが入れるところ、決まってるけど」
「おっ、それもいいんだけど」
太陽がひらりと身をかわすように言った。「それより、まぐろ丼のすげえうまいところがあるんだろ。ランチがなくならないうちに食いに行こうよ。こっからすぐの埠頭にあるって。知ってる?」
「知らない……」」
私が言うと太陽は、
「よし、みんな早く車に乗って」
と号令をかけた。
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第43話:恋する時間(13)
第44話:恋する時間(14)
第45話:恋する時間(15)
第46話:恋する時間(16)
第47話:恋する時間(17)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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