
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #45 恋する時間(15)
- 更新日:2020/05/21
- 公開日:2020/05/07
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#45 恋する時間(15)
観光地のような顔出しパネルは、やっぱり飲食店の宣伝のものだった。
どこか学校の文化祭を思わせる四角い立て看板に、ベリーダンサーのように身を反らせた、黒髪の薄着の女性が描かれている。
その顔と、手に捧げ持つアンティークなカップの部分が、丸くくりぬかれて顔を出せるようになっていた。
私が遅れてその場に到着すると、ちょうど母がダンサーに、恋人のサトシさんがカップの中身になっている。それをわらびとくにちゃんが、楽しそうにスマホで撮影していた。
なんて平和な光景だろう。
自宅マンションの前で。
よく意味がわからないけれども。
「はい、次、お姉さんも顔出して~」
スマホを構えたくにちゃんにうながされて、
「いいって、私、ひとりだし」
一応、地味に断ってから、押し切られて母と交代に私も顔を出した。なぜか母の恋人と一緒に、顔出しパネルで記念撮影。
絶対に嫌、と強く言い張るほど自分を貫くわけでもなかったし、最初からノリよく盛り上がれるわけでもない。その中途半端さが、きっと余計に人を遠ざけているのだろう。
昔から私には、そうやって人と壁を作ってしまうところがあった。子どものころからずっと。
でも自分でわかっていても、なかなか変えられないのが性格というものだ。
「あ、こごみちゃん、そのまま」
サトシさんが退いたあとの穴から、調子のよい母が顔を出している。見えないけれど、きっとニコニコと。満面の笑みで。
こちらの不満になんか一切気がつかないように。
「お姉さん、顔こわいよ。鬼瓦の顔になってる」
くにちゃんに言われてハッとした。私は内心のどろどろが、すぐ顔に出てしまうタイプなのだ。
やばっ、と表情をゆるめたところを、弟カップルとサトシさんが撮っている。
これでやっと終わり、とパネルから顔を抜こうとすると、
「待って! 俺も入っちゃお」
カップの穴のほうに、さっとわらびが向かって来た。しょうがない、と待って、弟と顔出しパネルで記念撮影。
穴の場所を交代して、もう一ポーズ。
きょうだいでそんなパネルから顔を出していると、まるきり子どもの頃の観光地の気分になった。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第40話:恋する時間(10)
第41話:恋する時間(11)
第42話:恋する時間(12)
第43話:恋する時間(13)
第44話:恋する時間(14)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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