
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #44 恋する時間(14)
- 更新日:2020/05/03
- 公開日:2020/04/16
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#44 恋する時間(14)
「見た? パネル。顔出しのやつ」
夕方、くにちゃんが遊びに来て言い、ほんの二分差くらいで訪れたサトシさんも、
「いつの間にあんな看板できたの、マンションの前に」
部屋に入るなり、楽しそうに言った。
どうやらマンションの前に、観光地のような顔出しパネルが出現したらしい。
「で、なんのパネルなの」
「さあ、なんかわかんない。女の絵」
わらびとくにちゃんが、ゆるい会話をしている。
「うん。女の人だった……」
サトシさんの記憶もそれくらいだった。
そんな顔出しのパネル、私が帰ったときにはなかったはずだ。この何時間かで設置されたのだろうか。
「でも、なんのために?」
私がばくぜんとした疑問を口にすると、
「どこかのお店の客寄せじゃないの」
母が当たり前のように言った。
マンションの一階には、パティオに面していくつか飲食店が入っている。そのパティオと外の通りとの境に、顔出しパネルは置かれているという話だった。
「見に行く?」
母が提案すると、反対意見ゼロで即決。今見てきたはずのサトシさんとくにちゃんまで一緒に、ぞろぞろと部屋を出た。
私がカギをかけなければ、開けっ放しだったかもしれない。
狭いエレベーターに五人でぎゅっと乗る距離感に、私はやっぱり身構えてしまった。
マンションを出るとき、すっかり日の長くなった空を見上げて、私は小さく首をすくめた。
さっきの鳩が私を恨みに思って、襲って来るかもしれない……。
ふとそんな気がしたのだ。
もちろん、母がかけたのろいの言葉のせいだろう。
こごみちゃん、ひどい、なんて。
その言葉がひどい。わらびが間に入ってくれなかったら、大げんかをしてそのまま帰っていたかもしれない。
ふつふつ怒りをため込むタイプの私が、今さら文句も言えず、無意識に右のまぶたをひくひく痙攣させながら考えていると、先に顔出しパネルのところについた母カップルと弟カップルが、
「あー。これかあ」
「なんだ、これ」
「ちょっとエスニックな感じだよね」
「入れてみ、顔」
「写真撮って~」
などと騒いでいる。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第39話:恋する時間(9)
第40話:恋する時間(10)
第41話:恋する時間(11)
第42話:恋する時間(12)
第43話:恋する時間(13)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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