
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #43 恋する時間(13)
- 更新日:2020/05/03
- 公開日:2020/04/02
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#43 恋する時間(13)
「手すりに鳩がいるでしょ」
少し声を大きくして、母が言った。
言われるまま、サッシ戸のところから見ると、確かに向かいのビルのベランダに、丸っこい、大きな鳩がいる。
「あれが、お母さん鳩」
母が私の耳に語りかけた。
鳩は手すりの上に、こちら向きに止まっている。
「業者に巣を片づけてもらってから、毎日あそこにきて、じーっとこっち見てるの」
「……」
「ヒナの行方を捜してるんだと思う。どう? 残酷でしょ。どう思う?」
なぜか鳩に感情移入している様子の母に問い詰められ、私は、ひっ、と息をのんだ。
たたみかけるような母の言葉と息づかいに、暗示をかけられたのかもしれない。そんなによく見えるはずもない距離だったのに、確かに通りを挟んだ向こうのビルから、小さな鳩の目が、じっとこちらを睨んでいるように見えた。
そんな。
私はただ、巣をそのままにしたらフン害なんかでご近所の迷惑になると、母に公共のマナーを伝えただけだったのに。
だらしない母がなにもしないから、かわりにマンションの管理会社に連絡して、駆除業者の番号をきき、そこに依頼の電話をかけてしまったけれど……。
でも、そのあとのやり取りは母に任せたはずだ!
「こごみちゃん、ひどい」
ぽそりと母が言い、私は本当にこの人が嫌だったと思い出した。どんなに軽く見積もっても同罪なのに、なんで母は親鳩サイドに立って、私を非難しているのだろう。
「ん、あの鳩がなんだって?」
私と母の頭越しに向こうを見ていたわらびが、のんびりと訊いた。
「え、ああ。お母さん鳩がね、こっち見てるの。巣がなくなってから」
一歩ひいた母のテンションが、明らかに私に対するものと違っていてイラッとした。
「へえ」
わらびは私と母を押しのけてベランダに出ると、クリーム色の、バカでかいクロックスを引きずるように手すりまで歩き、
「おーい、鳩、もうここに巣はないぞー、ごめんなー、片づけちゃった!」
よく響く大きな声で言った。丸く太った鳩が驚いたように、バサッと飛び立って行く。わらびはその方角に、ごめんなー、と手を振った。
「これでいいんでしょ」
私と母との間に割って入るように戻ると、わらびはなんだか大人びた仕種で、私のおでこを指先でつついて行った。
顔がいいだけのダメっ子のくせに、たまにそういう生意気なことをする。それともわらびにすれば、ずっと成長しないのは私のほうだろうか。
中学生のときと少しも変わらず、いつまでも母との仲がぎくしゃくしている私に、もっとうまくやりなよ、と言いたかったのかもしれない。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第38話:恋する時間(8)
第39話:恋する時間(9)
第40話:恋する時間(10)
第41話:恋する時間(11)
第42話:恋する時間(12)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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