
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #42 恋する時間(12)
- 更新日:2020/04/08
- 公開日:2020/03/19
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#42 恋する時間(12)
「もう、こごみちゃん、おっちょこちょいなんだから」
私がテーブルにぶちまけてしまったお茶の後始末を手伝ってくれると、母はしばらく椅子にべたっと座ってから、
「じゃあ見る? ベランダ」
といきなり言った。
「うん」
私がうなずくと、母がさっと立ち上がる。
「あ、こわいの? ベランダになにか、こわいものがあったりする? 血とか」
念のため確認すると、そういうものはないと言う。そーっとベランダに近づく母のうしろに、私はこわごわとつづいた。
「残酷!」
という前フリが効いたのか、なんだか地味な遊園地の、地味なアトラクションくらいにどきどきする。
「なに? なに見るの?」
本当に一切事情を知らないふうに、弟のわらびも一緒にくっついてきた。
そういえば親子三人でなにかすることも、最近少なかったかもしれない。
さらにアトラクション気分が増す。
「ちょっと待って」
お祭り好きなだけあって、母はきっとそういった気分を盛り上げるのがうまいのだろう。ベランダの手前にくると、ぴたっと足を止めて、つづく私と弟を待機させた。
自分の顔の幅くらいだけ、サッシの戸をそーっと開けると、母はそこから向こうを見ている。
「……いる……いた」
ひそひそと、でも興奮気味に母が言い、もう少しサッシを開けると、私にも外を見るようにとうながした。
いる?
いるってなにが?
マジこわいんですけど!
鳩の巣があったのは、エアコンの室外機のかげだったけれど……。
「あっちよ、あっち」
私の見ている方向を正すように、母がささやいた。
「あっち?」
「そう、あっちのビルのベランダ」
と、母は言った。
NEXT »#43 恋する時間(13)
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第37話:恋する時間(7)
第38話:恋する時間(8)
第39話:恋する時間(9)
第40話:恋する時間(10)
第41話:恋する時間(11)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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