
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #41 恋する時間(11)
- 更新日:2020/03/19
- 公開日:2020/03/05
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#41 恋する時間(11)
「それで……なに。残酷なことって」
大きなおにぎりを一個食べきると、私はすっかり満腹になった。日本茶を飲んで、ふう、とひと息つく。
「ベランダでなにがあったの」
「待ってよ、今、おいしいの食べたばっかりじゃない」
のんきな母が、あきれたふうに笑った。
確かに、せっかく満腹になったところで、わざわざ鳩の巣のことなんて訊かなくてもいいようなものだけれど、「残酷!」と電話で訴え、早く見に帰るように呼んだのは自分じゃないか。
「ちょっと待ちなさいって」
母は言うと、ねえ、とわらびに同意を求めた。
同意を求められたわらびのほうは、
「ん。それより、姉ちゃん、お土産がのりまきとおにぎりって、ちょっと組み合わせがバカっぽくね?」
こちらも自分でぱくぱく、すぽすぽ交互に食べたくせに、急に不満を口にしたのでイラッとした。
結局、わらびは母と同じ適当なタイプで、生真面目な私の味方にはならないのかもしれない。
さようなら、わらび。
子どもの頃、一緒に心細い夜をいくつも過ごした、可愛い弟。
もう二度とおまえの面倒はみない。
だから今夜の煮穴子丼は、自分でつくってくれ……。
「なんか、こえーよ。姉ちゃんがこっち睨んでるよ」
「もう、こごみちゃんって、いっつも自分、自分だね」
「は?」
まさかの批判をうけて、私はますます頭に血が上った。いつだって自分中心なのは、自由気ままな母のほうだったじゃないか。
「なにそれ」
「だってそうでしょ。昔からずっと、自分だけが正義なんだから」
母は得意げに指摘した。なるほど。これまでも、よっぽど私の正しい意見が邪魔くさかったらしい。わかった。これからはもうなにも意見しないから、二度とこっちにも、なにも求めないでほしい。
私は少し気を落ち着けようと、お茶に手を伸ばして、
「あっ」
飲みかけの湯呑みを、思い切り倒してしまった。
あちこちにモノが置かれた、母そのもののようにだらしないテーブルの上を、つーっ、とお茶が広がっていく。
NEXT »#42 恋する時間(12)
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第36話:恋する時間(6)
第37話:恋する時間(7)
第38話:恋する時間(8)
第39話:恋する時間(9)
第40話:恋する時間(10)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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