
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #37 恋する時間(7)
- 更新日:2020/01/15
- 公開日:2020/01/02
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#37 恋する時間(7)
「残酷って……なにが」
電話をかけてきた母の剣幕に驚きながら、私が訊くと、
「だって、残酷なの!」
母はもう一度、その言葉を繰り返した。
残酷。
ざんこく。ザンコク……。
一体どんな出来事があったのだろう。
「……なにか、こわいことがあったの……ベランダで」
おそるおそる訊く。
「言えない、そんなの」
「まさか……本当はまだ巣がなくなってないの?」
「ううん、それはなくなった」
言うと、母は深くため息をついた。こちらの動揺が伝わったに違いない。少し芝居がかって聞こえる。
「言ってよ、早く」
じれて催促した時点で、もう完全に私の負けだったのだろう。
「ダメ。言えない」
「なんで」
ふう、と母は深いため息をもう一回つくと、
「こごみちゃん。一度うちに帰って、自分の目で確かめなさい」
妙におごそかに、教会のシスターかなにかみたいな口ぶりで言った。
家にいるもう一人の肉親は、相変わらず役に立たなかった。
〈へ? なに? ベランダ? なんかあったの〉
LINEで訊いても、そんな返事しか寄越さない。
〈俺知らない〉
〈くにこにきいてみる〉
〈くにこも知らない〉
彼女は確か、くにもと、という苗字だったと思うけれど、下の名前もくにこだったのか。それとも、二人の間での呼び名がくにこなのか。たぶん呼び名だろう。
〈それより姉ちゃん、築地って近い?〉
わらびはあっさり話を変えてきた。
〈築地? 近いよ。なんで?〉
もやっとしながら答えると、
〈これ買って来て〉
お店の紹介サイトを貼りつけてきた。築地場外で七十年営業する、穴子で有名な仲卸店らしい。〈穴子の寿司と、あと煮穴子も頼みます〉
…………。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第32話:恋する時間(2)
第33話:恋する時間(3)
第34話:恋する時間(4)
第35話:恋する時間(5)
第36話:恋する時間(6)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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