
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #36 恋する時間(6)
- 更新日:2019/12/27
- 公開日:2019/12/19
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#36 恋する時間(6)
LINEで今夜の飲み会の相談をはじめた三人に、
〈んじゃ、うちの誰かに会ったらよろしく!〉
とメッセージを送って、私は気持ちをまたスケッチに切り替えた。
目にした風景を濃い鉛筆で、さらりさらりとクロッキー帳に写し取っていると、景色を自分の内側に取り込んで、静かに一人の世界を見つめている気分になる。心はすっかり世間から離れ、時が流れるのを忘れてしまう。
さびしさはみじんも感じない。
もともと人付き合いに、苦手意識を感じているからかもしれない。きちんとしよう、きちんとしよう、と思いすぎるせいで、すぐ自分にダメ出しをしてしまう。結果、疲れやすい上、かえって人からも好かれない。
それがわかっているのに、生真面目な反応はやめられなかった。
母を反面教師に育ったせいだろう。
生きづらい。
子育てを誤った母から、いつも地味にダメージを与えられている気がする。
これはなにかの呪いだろうか。
〈寮〉に帰ると、通りに面した通用口がパカッと開いて、午前中に川沿いのテラスですれ違った男性が出てきた。
あ、また、と頬をゆるめ、こんにちは、と明るく口を開きかけたところで、一緒に女性も出てきたことに気づいて、よく見なかったフリに切り替えた。
寮内に恋人がいたみたいだ。川沿いですれ違って、一瞬でも恋愛チャンスを妄想した自分が死ぬほど恥ずかしい。思い切り、的外れ。
やっぱり私には、日常から恋をつまみ上げる能力が大きく欠けているのだろう。
正面の玄関を通って寮に入り、共用のラウンジで顔見知りに挨拶をすると、予定通り、部屋に戻って掃除をした。
母からの連絡は、洗濯物を畳んでいるときにあった。
いつも通り、スマホへのメールで、
〈鳩の巣なくなった〉
すっかり片づいたというアピールなのだろう。ベランダの写真が添付してある。もっとも、前からごちゃっとしているせいで、巣があるのかないのかよくわからないけれども。
〈あっ、業者さんきたの? よかったね〉
〈でも……大変……〉
〈なにが?〉
メールを二往復くらいやり取りすると、面倒くさくなって直接電話してくる。それがいつもの母の連絡だった。
「ひどいって! こごみちゃん」
やはり電話をかけてきた母は、いきなり言った。「残酷!」
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第31話:恋する時間(1)
第32話:恋する時間(2)
第33話:恋する時間(3)
第34話:恋する時間(4)
第35話:#35 恋する時間(5)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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