
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #34 恋する時間(4)
- 更新日:2019/12/04
- 公開日:2019/11/21
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#34 恋する時間(4)
そもそもわらびと私の父親は、同じ人なのか……。
違う気がするのだけれど、臆病な私はそれも知らない。
自分の父親を知らないのと同様、疑う年頃にはすっかり「いい子」に育ってしまい、わらびと私の父が同じ人かどうかなんて、そんな質問は母を傷つけるように思えて、訊ねるタイミングを逃してしまった。
私……やっぱり可哀想なのかもしれない。
クロッキー帳を手に、川沿いのテラスをぷらーり歩いていると、「寮」の同じエリアを使う男の人と行き合った。
ジャージにスニーカー、キャップをかぶっている。いかにもウォーキング中といったスタイルだった。腰をひねり、すたすたと無駄のない歩き方で近づいて来る。
「お」
「こんにちは」
「散歩?」
「はい」
くらいのやり取りと、もっと話をつづけようか、切り上げようか悩むような一瞬の「間」。結局、お互いおだやかな笑顔で挨拶をして別れたけれど、恋愛目線で見れば、これも一つの「出会い」なのかもしれない。
いやいやいや、と私は首を横に振った。
二年暮らしている「寮」で、なにもなかったのだ。
よその会社の人たちと、共有スペースで顔を合わせ、少しは話し、たまに飲み会やイベントに参加しているのに、はっきりした色恋とは一切無縁だった。
日常から恋をつまみ上げるのにも、一種の才能、「恋をする力」のようなものが必要なのだろう。
きっと私には、その力が大きく欠けているのだ。
そのかわりに好きな絵が描けたらいいなと思う。
絵の学校へは行かなかったけれど、母への反抗心から、趣味までなくすことはない。
テラスを折れて、小さな橋を渡り、江戸時代からつづくという佃煮屋さんや、ここに最初に移住して来た漁師さんたちの地元、大阪にゆかりのあるらしい神社に寄る。その場所場所でさらさらとスケッチ。老舗の佃煮屋さんでは、ご飯のおともにタラコの佃煮も買った。
児童公園の池をしばらく眺め、そこへ注ぎ込む川の支流を逆に歩いて、川の中を泳ぐ、ハゼらしい小魚の群れと、水草の動きに目をこらす。
と、スマホのLINEに、
〈俺、今日いい写真撮れそう! 空気のつぶが見える!〉
とメッセージが届いた。太陽たちとのお友だちLINEへの、奥平君からのメッセージだった。
(つづく)
NEXT » #35 恋する時間(5)
■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第29話:ベランダの鳩(29)
第30話:ベランダの鳩(30)
第31話:恋する時間(1)
第32話:恋する時間(2)
第33話:恋する時間(3)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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