
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #30 ベランダの鳩(30)
- 更新日:2019/09/26
- 公開日:2019/09/19
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#30 ベランダの鳩(30)
からりと揚がった衣の食感のあとで、山菜にしてはえぐみの少ない、さっぱりした味が舌の上に広がる。
「うまい! やっぱり天ぷら!」
一口食べて、わらびが喜んでいる。この年頃の男子では、もちろん他の食べ方はないだろう。こごみは天ぷらにしてもなお、噛めばよい粘りが感じられる。ビールのおつまみにも最適だった。
「あ、おいしい。私、こごみってはじめて食べた」
くにちゃんが私に言い、それから母のほうを見た。「こごみって、クセがないね。意外と」
「そう。ああ見えて素直なの、ちょっと粘るけど」
母が答えた。
もちろん山菜のこごみの味わいについて話しているのだと思うけれど、母のほうは、娘の性格に重ねて言っているのかもしれない。当てこすりというやつだ。
「や、僕はこごみ好きだな」
サトシさんは言うと、
「あ、野菊の墓みたいになってしまった」
と一人で笑った。
「なに?」と母が説明を求めている。松田聖子が若い頃の主演映画らしい。タミさんは野菊のような人だ、僕は野菊が好きだ、と年下の男の子が言う、その台詞に似てしまったとのこと。そうだろうか。「なにさん?」「タミさん」母とその恋人らしい人が話している。
その夜もくにちゃんが泊まり、
「もう仲良しだから、お姉さん、ベッドに一緒に寝ようよ」
と誘われたけれど、くにちゃん、一人でゆっくりどうぞ、と遠慮した。
「こごみは警戒心が強くて、よそよそしいの。昔っから」
という母の言葉は、もちろん山菜のこごみとは無縁だろう。私は二日連続、居間のテレビ前で毛布にくるまって寝ることになったけれど、逆にそれがお客さん気分で面白かった。
翌朝、起きてからキッチンと食卓をざっと片づけ、ベランダにいる鳩の巣のヒナたちをそーっと眺めた。お母さん、ちゃんと駆除業者に対応してくれるだろうか。週明けに電話をくれるという話だったけれど。面倒くさくなって、電話も鳩の巣もそのまま放置とならなければいいのだけれど……。
「じゃあ、帰るね」
みんながようやく起きて来た頃に私が言うと、
「なんで、夜までいられるでしょ」
と母が言った。「誰か……あ。奥平君と約束?」
「違う。いろいろしたいことあるし」
「そう。お昼くらい食べていけばいいじゃない」
「ううん。大丈夫」
「シベリア持ってく?」
「いい」
首を横に振ると、これ以上引き留めても無駄と思ったのだろう、じゃあ、と言いながらぞろぞろ三人とも玄関について来た。サトシさんは夜のうちに帰ったから、母とわらび、くにちゃんの三人だ。三人ともわざわざ玄関を出て、エレベーターの前まで来る。さすがにそこで手を振って別れ、昼間もにぎわう街を抜けた。高架になった駅のホームに電車が入って来る。この駅の発車のチャイムは、夏祭りの音楽だった。一年中、そこでは楽しげな踊りのメロディが流れている。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第25話:ベランダの鳩(25)
第26話:ベランダの鳩(26)
第27話:ベランダの鳩(27)
第28話:ベランダの鳩(28)
第29話:ベランダの鳩(29)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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