
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #29 ベランダの鳩(29)
- 更新日:2019/09/26
- 公開日:2019/09/05
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#29 ベランダの鳩(29)
薄く衣をつけたこごみを、フライパンでじゅわーっと揚げていると、わらびがキッチンに入って来た。
「姉ちゃん、まだ? 腹へったよー」
目を輝かせ、にこにこと訊く。夜ふけに手間のかかることを頼んでおいて、一切悪びれる様子はない。その素直さは、きっとわらびのよいところなのだろう。
ぐるぐる巻きのこごみほどではないにしても、山菜のわらびも先が巻いた頃をみんな好んで食べるのに、どうしてこちらは真っ直ぐに育ったのか。いちいちだらしないのは母似だけれども。
「もうできるよ、テーブル空けといて」
「了解」
ずいぶんいい返事をして出ていった。
母が留守がちだった時期、いつも二人で晩ご飯を食べていたのを思い出した。順番で弟にもまかせるのだけれど、すぐにカップ麺とか、買って来たお弁当とか、近くのハンバーグ屋さんに食べに行こうとか言い出すので、たまに口論になった。
豚肉が賞味期限だよ、とか、もやしがたくさんある、とか、あ、昨日炊いたご飯の残り、とか。やんわり冷蔵庫に残っているものを使ってほしいと依頼すると、
「余らせたのは姉ちゃんだから、それなら姉ちゃんが作って」
と言い返されるのだった。じゃあいいよ、わかった、としぶしぶでも私が当番をかわれば、それでわらびはにこにこ顔だった。あれはわらびが中学に上がったくらいのことだったか。
一パック、大した量ではなかったので全部天ぷらにして、お皿に盛ってテーブルに運んだ。さっき測って戻ったかと思うくらい、丸い大皿がぎりぎり置けるスペースが空けてある。
「来た、こごみ」
と歓迎の声が上がると、私自身が喜ばれているような嬉しい気持ちになった。お皿を置き、ようやく席に着くと、
「天つゆは?」
あくまで面倒な弟が言った。
「塩で食べようよ、塩」
「塩?」
「こごみは塩なの。いただきまーす」
言い切ってまず自分が一つ、ちょん、と塩をつけた天ぷらを箸で口に運ぶ。
「塩対応」
サトシさんがぽそりと言い、それがツボだったらしい、くにちゃんが弾けるように笑った。
(つづく)
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第24話:ベランダの鳩(24)
第25話:ベランダの鳩(25)
第26話:ベランダの鳩(26)
第27話:ベランダの鳩(27)
第28話:ベランダの鳩(28)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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