母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #28 ベランダの鳩(28)

  • 更新日:2019/08/23

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#28 ベランダの鳩(28)

 こごみは茎が真っ直ぐ長く、先がくるりんと渦巻いた山菜だった。

「漢字だと屈折の屈って書くんだよ。こごみって」

 私が教えると、

「え? 屈折の屈?」

 と、くにちゃんが鼻に皺を寄せた。わらびとこごみ、山菜の名前の姉弟とはわかっていたようだけれど、姉の名前の山菜を見るのははじめてだったらしい。

「子どもの名前につけないよね、それ」

「うーん」

 微妙に答えに詰まった様子のくにちゃんにかわり、

「だって漢字じゃないし」

 母がしれっと言ってから、小さく舌を出した。「……知らなかったし」

「でも、こごみって、地面から丸まって出てきた若い芽だよね。そこから真っ直ぐ天に向かって伸びて、葉を広げるんだから、いいんだよ、それで」

 博識なサトシさんのフォローに母が感心し、私も納得した。あれこれ難癖はつけるけれど、もともと嫌いな名前ではない。よい意味で受け取れるなら、もちろん文句はなかった。

「じゃあさあ、姉ちゃん、そろそろ真っ直ぐ伸びたほうがいいんじゃないの」

 わらびの軽口に、私以外のみんなが笑った。


「これ、せっかくだから、新鮮なうちに食べようか」

 こごみのパックを手に取って、母が言った。「今、レンジでチンしてくるから。おつまみに」

「レンジでチン? もったいないよ」

 私は首を横に振った。こごみのことは、もっと大切に扱ってほしい。

「じゃあ……茹でる?」

 母が思案顔で言う。そもそも山菜の調理に、興味も自信もない母だった。

「俺、天ぷらがいい」

 わらびが強く言った。

「えー、天ぷら? めんどくさい」と母。

「だって俺、まだ腹減ってるよ」

「私は、今日はもうおなかいっぱい」

 二軒でたっぷり食べてきた私は言った。言ってから、こごみを持って来てくれたサトシさんに気をつかった。「あ、今食べたいですか、天ぷら」

「姉ちゃん、つくってよ。こごみの天ぷら」

 サトシさんより先に、わらびが言う。「お腹いっぱいなら、姉ちゃんは食べなくていいから」

「なんて!」

 文句を言い、他の人にも天ぷらを食べる気があるのか訊く。

 はーい、とくにちゃんがまず手をあげ、それから母、最後におずおずとサトシさんまで手をあげた。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

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第24話:ベランダの鳩(24)


第25話:ベランダの鳩(25)


第26話:ベランダの鳩(26)


第27話:ベランダの鳩(27)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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