マンスプレイニング

なぜか上から目線で説明してくる、男の「マンスプレイニング」とは?

  • 更新日:2019/04/05

2016年11月、佐藤あずさ八王子市議会議員が、公式ページでひとつの記事を公開しました。(※1)


「マンスプレイニング」。この2年間ほどのあいだ、ずっとこころに澱のように溜まって苦しかった現象に、名前を与えることが出来ました。


という書き出しで始まる記事には、「君のためだから」「君を応援しているから」と言いながら近づいてきて、意に沿わぬことをしたり反論したりしたら逆上する男性の多さに辟易した佐藤あずさ議員の苦しい胸のうちが綴られていました。


マンスプレイニングとは? 説教したがる男たち

説教

佐藤議員は、「多くの男性から、応援している(から僕の言うことを聞きなさい)、応援している(けれど僕の相手をしていないから、けしからん)、というような、言葉や態度によるプレッシャーを2年にわたり受けて」悩み、友人に相談したところ「マンスプレイニング」という言葉の存在を教えられたそうです。


マンスプレイニングとは、man(男)とexplain(解説)を掛け合わせた造語で、「男性が女性に対して、相手が自分よりも知識があるという可能性を考慮しようともせずに、上から目線で見下す、あるいは偉そうな感じで解説をすること」を意味します。


モヤモヤした悩みに、「名前と定義」を与えられたことで、問題が解決しないまでも、「同じ被害にあっている人、無自覚にマンスプレイニングしている人を啓蒙したい」という思いが芽生えたことが、本記事からは感じられます。


私がマンスプレイニングという言葉を初めて目にしたのは、『説教したがる男たち』(レベッカ・ソルニット著・ハーン小路 恭子訳・左右社・2018年9月発売)においてでした。著者のレベッカ・ソルニットは、作家で歴史家・環境問題や人権のアクティビスト(活動家)ですが、年上の男性から、「何もしらないお嬢さん」のように扱われることが度々あったといいます。


2008年、レベッカは、説教したがる男について『Men Explain Things to Me』というエッセイ(※2)を書き、その記事がバズったことによって、マンスプレイニングという造語が誕生したそうです。マンスプレイニングという造語は、日本ではあまりメジャーではありませんが、アメリカでは瞬く間に広がり、2010年にはニューヨークタイムズの『今年の言葉』に選出され、2012年までにはメインストリームの政治紙でも普通に使われる言葉になったと言います。


マンスプレイニングしてしまう原因は「自信過剰と無知」

自信過剰

なぜ、一部の男性は、マンスプレイニングをしてしまうのでしょうか? レベッカは、「自信過剰と無知」から、自分の方が当然正しいし、博識であると信じ、頼まれてもいないのに説教・解説してしまうのでは、と分析しています。


また、無意識にマンスプレイニングしてしまう男性、マンスプレイニングされてしまう女性の姿をエッセイとして書いた動機を、以下のように解説しています。


自分が人一倍抑圧されている、と言いたくて書いたのではない。男たちとの間にあったあの会話が、取るに足らないように見えても実は重大なことにつながっている、と言いたかっただけなのだ。なんでもない会話のその先には、男性にのみ開かれた空間が広がっている。言葉を発し、話を聞いてもらい、権利を持ち、社会に参加し、尊敬を受け、完全で自由な「人間として生きられるような空間。そこには女性は入れない。かしこまった言葉で言えば、これが権力が行使される一形態だ。物理的な脅迫や暴力によって、また往々にして世界の構造そのものによって、女性を沈黙させ、存在を消し去り、無力にする。そのとき女たちは、平等でもなく、社会参加もできず、権利を備えた人間でもなければ、生きた存在ですらない。(略)行きたい場所に行き、言いたいことを言うのは、生存のため、尊厳と自由のための基本的な権利だ。ときに暴力的な形で沈黙させられてきた経験の末に自分の声を持てたこと、声を持たない者たちのために尽くしていけることに、私は感謝している(P23-24)


「それってマンスプレイニングじゃない?」と言えたら、世界はちょっと変わるかも

笑顔の男女

セクハラという言葉が広がったことには、大きな意義がありました。これまでは、「そういうこともある」と、済まされてきたことが、ハラスメントとして認識され、加害者側もおいそれと不適切な性的言動をすることができなくなりましたし、被害者側も声を挙げやすくなりました。


マンスプレイニングという造語にも、同様の意義があるのではと感じています。マンスプレイニングという言葉に出会ったことにより、佐藤議員は自分が体験している理不尽でストレスフルな状況を表明することができました。


使う言葉が変われば、考え方も変わり、世界の見方も変わります。マンスプレイニングされたとき、また周囲の大切な人がマンスプレイニングで悩んでいるとき、「それってマンスプレイニングじゃない?」と言えたら、世界はちょっといい方向に変わるかもしれません。


※1 佐藤あずさ公式ページ マンスプレイニング


※2 『Men Explain Things to Me』全文



▼バックナンバーはこちら

・「彼女を自分のモノ化する」「暴力をふるう」男性への対処方法

・女性はなぜ「女性らしい」言葉づかいを要求されてきたの?

・なぜ男は「愛され」を目指さないのか

・「子供のいない夫婦はかわいそう」と「LGBTに偏見がある」は似ている

・今見るべき!セクシュアル・マイノリティを描いた映画・ドラマ5選

▼著者:今来さんの他連載はこちら

・妊活・お金・介護・美容…40歳までに知っておきたいことリスト
・【連載】なんで子供が欲しいの?
  • 今来 今 (フリーライター)

    神戸出身。編集者を経て現在フリーライター。複数メディアにて、映画評・書評・ルポなどを連載中。

この記事がいいと思ったら
いいね!しよう

Related関連記事

Pick Up編集部ピックアップ

Rankingランキング

#tag