自分磨き

恋人も友だちもいるのに感じる『孤独』の原因は? ~実は、多くの人がもつ【愛着障害】とは③

多くの人がもつ【愛着障害】とは

大勢の友人がいて、カレンダーはスケジュールでいっぱい。

毎日やることもたくさんあるし、今私がこのポジションから抜けたら代わりはいない。

仕事やボランティアの他に、自分磨きにも時間を使いたいから段取りが勝負。


だけど、


たくさんの人に囲まれているのに、時々無性に孤独を感じる。

恋人やパートナーと一緒にいるのに、肝心なところで結局人は一人なんだなって思う。


まじか。

その孤独感、【愛着障害】であることが原因かもしれません。


偽の安全基地では乗り越えられないという現実を知ること

「環境設定」や「キャラ設定」による安全基地の確保は、「世界への信頼」や「自己の万能感」の獲得につながらないので【愛着障害】の根本的な解決になりませんよ、というお話をしました。


この偽物の安全基地、例えるならば、「砂漠に見た幻想のオアシス」。

「私の経験上、これ以上オアシスが見つからないってことはあり得ないから」という「環境設定」。

「ネガティブに考えるより、ポジティブでいけば大丈夫!みんなもいるから乗り越えられるよ、絶対に!」的な「キャラ設定」。

これらはみんな、自分自身の心が作り出している自分にとって都合のいい現実以外の何ものでもありません。そこに何の保証があるのでしょう。


実際は、周りは全部、砂だらけ。

砂だらけであることを認めた先にしか、本当のオアシスの発見はあり得ないわけです。


この砂漠で幻想のオアシスにしがみついたまま死んでいくか、

それとも本当のオアシスを獲得し、生き抜くか。


ん?

そもそも、自分がよもやオアシスのない砂漠にいるなんてすら思ってもいない、という方もいる?

やだ、目を覚ましてほしい。

愛着障害

それは「しつけ」か「虐待」か

以前、養育者の暴力から逃れて家出をしてきた高校生の女の子を保護しました。


父親の身体的暴力に耐えかねての家出でした。殴ったり蹴ったり罵声を浴びせたり、お金や定期券や家の鍵を取り上げて彼女の自由を奪ったり。彼女はこうしたことが虐待であるという認識はしており、それは普通の家庭ではされないことだという理解もありました。


けれど、お説教の度に何時間も正座をさせられることや、何かあると食事を抜かれてしまうこと、病気になってもなかなか病院へ連れて行ってもらえないこと、アルバイト代は働かない父親にすべて渡さないといけないことなどは、


*家計を助けるため

*世間はもっと厳しいところだから我慢する力を身につけるため


といった『しつけ』の一環として当たり前のことだと教えられてたし、彼女も、その部分については「自分は傷ついて本当に嫌な思いをしたけれど、『しつけ』だから仕方ない」と思っていました。


そこ、砂漠だよ?

水、ないよ?

どんなにがまんしてても、雨、降らないよ?

動かないと、水、手に入らないよ?

そのままだと、死ぬよ?


彼女にそう、何度となくトライした日々を思い出します。

愛着障害

自分基準で傷ついていたのなら「心理的虐待」を疑っていい

「信頼」や「愛」でつながることではなく、「恐怖」や「不安」でコントロールすることが家族の秩序を保つ基本。彼女との関わりの中で知ったのは、被虐待児たちは親からの虐待を、虐待と認識していないケースが非常に多いということ。明らかにそれが、社会的には虐待とされるような場合であっても、です。


この高校生の彼女のようにはっきりとした虐待と認識されるパターンでなかったとしても、兄弟間で学力や体格の比較を日常的にされて育ってきたとか、父親が怒りっぽい人で瞬時に機嫌が変わってしまうから母子でその機嫌を損ねないよう常に気を付けていたとか、ひとつのイデオロギーや宗教観しか許されず教育されたとか……。虐待・ネグレクトとまではいかなさそうでも、明らかに自分が何か「がまん」を強いられたり、傷つくことの方がおかしいという価値基準の中で育てられたり。愛着の形成が成されない、「養育者による不適切な対応」は、非常に幅広いものです。


ちなみに、児童虐待は、身体的虐待と性的虐待、ネグレクト、心理的虐待の4つに分類されますので、参考までに。

※厚生労働省「児童虐待の定義と現状」より

このうち、心理的虐待に分類されるのが、言葉による脅し、無視、兄弟間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるうことなど。

無視、も、心理的虐待です。

父親が母親にひどい暴力をふるうのを見させられることも、心理的虐待です。


【愛着障害】とは、養育者の不適切な対応によって、健全に愛着の形成が成されなかった状態のこと。不適切な対応と言っても、「マイナス何点になったら不適切です」とかっていう基準があるわけではありません。「これとこれとこれが揃ったらビンゴね」といった項目が、はっきりと存在しているわけでもありません。


何によって傷つくか、どれくらいだと苦しくなるのか、痛むのかは、本当に人それぞれ。

ある人には耐えられても、ある人には耐えられない。そんなこと、当たり前のことなのです。

「痛みに耐えられる」=「強い」=「良いこと」

「痛みに耐えられない」=「弱い」=「ダメなこと」

ではないということ。

千差万別が当たり前なのです。

愛着障害


それが生き抜くすべだったとしても

相手から人格否定のような言葉で注意を受けた時ですら「言い方はどうだとしても、自分にとってためになる内容だった」と、即座に脳内変換するとか。

明らかに処理できないような要求を相手からされているにもかかわらず「そもそもできない自分に問題があるのだから、相手の立場を考えれば正当な要求だ」と、自分に言って聞かせるとか。


私たちはわりと日常的に無自覚に、こうした脳内変換をやっていたりするものです。


強くたくましく適応していくことを美徳としがちな社会の中で生き抜くために身につけてきたこの「脳内変換」。もともとは愛着の形成がうまくなされなかったことによる、「真実の自分の開示」への怖れが原因かもしれません。要するに、本当の自分を知られたら、ここではうまく生きていけなくなる、相手から愛されなくなる、という怖れから、なんとかして環境に適応しようと、本当の自分を押し殺してしまうこと。


「その言い方では傷つく」って伝えることも、

「そんな要求には応えられない」って断ることも、

みんなみんな、ほんとはしていいことですよね。

愛着障害

「彼氏がどう思うかわからないから、思ったことを思ったままに発言できない」

とか、

「自分の行動に対してどんな感情を抱かれるからわからないから黙っておく」

とか、

「波風立てたくないからとりあえず相手の言うことをきく」

とか。

こうしたことも、していませんか?


思ったことを思ったままに発言すると、どんなことが起こるのでしょう?

相手がどんな反応をすると思っているのですか?


正直に話したら、どんなことが起こってしまうと考えているのでしょう?

あなたの行動を、相手はどう解釈すると思っているのですか?


波風が立つのは、あなたの言動が相手にどんな風に解釈されるからですか?

あなたの言動によって、相手はどんな気持ちになるのでしょうか?


ひとつひとつを掘り下げてみると、そこに「類推」が混じっていることがわかります。「憶測」とも言います。「妄想」と言われる場合もあります。

相手のこれまでの行動パターンや過去に付き合った恋人の行動パターンを参考に、自分が納得いく理由を見つけて自分自身を説得する。これ、すべて自分の脳内でやってることで、本来向き合うべき相手とのコミュニケーションはひとつも発生していません。ここで言っているのは、「自分の痛みを伝える」とか「言いづらいと思っているけれど本当にそう思っている」といった、肝心なところのコミュニケーションのこと。その、肝心なことを伝えることに対して怖れを抱いてしまうことが、【愛着障害】の特徴なのです。


だから、自分の脳内だけでなんとか処理しようとしてしまう。


だから、そこ、砂漠だよ?

水、ないよ?

どんなにがまんしてても、雨、降らないよ?

動かないと、水、手に入らないよ?

そのままだと、死ぬよ?

水がないなら、水を探せばいい。

探してもなかったら、作ればいい。

愛着障害


本当の安全基地の獲得に向けて

安全基地は、どこに形成されると思いますか?

養育者の適切な対応により愛着が形成されるのだから、養育者が安全基地なのでしょうか?


違います。


愛着は、自分自身の心の中に形成されていくのです。


「自己の万能感」も、「世界への信頼」も、形成されるのは、あなた自身の心の中にです。養育者との間に愛着が形成され、自分自身がその養育者を安全基地だと「設定」するのです。

成長に伴い、家族や親せきを安全基地だと「設定」し、仲間を安全基地だと「設定」し、パートナーを安全基地だと自分自身が「設定」するのです。


自分の心の設定であるならば、自分でその設定を変えることができるということ。

本当のコミュニケーションが怖れずにできるような本当の安全基地を、自分の中に作りましょう。


「世界は自分にとって優しい」「自分は何でもできる」という実感を、しっかりと自分自身に根付かせることが、本当の意味での安全基地の獲得、【愛着障害】の克服の方法です。そのためには、ガチな癒しを進めること。


ここで言うガチな癒しとは、「温泉に入ってゆっくりできた~」「おいしいものを食べて楽しかった~」「話を聞いてもらえてすっきりした~」というような、瞬間的なリラックスのことではありません。


自分の言動が引き金となってこの世界の全てが動いているわけではないし、この世界の全てを自分が知っているわけではありません。けれど、その「実際には見えていない部分」を、過去の体験からの類推や憶測、決めつけで埋めてしまうのは、【愛着障害】のひとつの特徴と言えます。会話の途中で相手の顔色を必要以上に窺ってしまったり、これを言ってはいけないかな?と、自由な発言を控えてしまったり。本当は誰もが、誰と一緒にいても、どんな場面でも、リラックスできている状態で人と関われるのであれば、とても楽ではないですか?この、類推や憶測、我慢を強いることなく自分らしく楽に人と関わっていられる状態。これが、癒されている、ということです。


類推や憶測、決めつけが自分の心に湧き上がってきた時、不安や孤独が襲ってきた時に、その感情を直視し、都度都度解消をしていく。これがすなわち、「ガチな癒しをすすめる」ということなのです。


次ぎの記事は


「実は、多くの人がもつ【愛着障害】とは?」バックナンバー

#1 ツライ恋愛から離れられないホントの理由とは?


#2 超えられない壁を感じる彼との恋愛、その壁の正体は?


#3 恋人も友だちもいるのに感じる『孤独』の原因は?



参考資料

*平成28年度療育セミナー(2016.7.9)

「気になる幼児の理解と支援」~発達と愛着の二つの視点から/筑波大学 宮本信也氏

*平成28年千葉県柏市要保護児童対策地域協議会研修会(2016.11.2)

「児童虐待の理解と対応」/(協)千葉県若人自立支援機構 水鳥川洋子氏


photo by 櫻井理惠



  • いしづかみほ(学習・療育のじゃ塾塾長/日本子ども虐待防止学会会員/イラストレーター)

    「子どもたちが本来持っている才能を存分に発揮できるよう双方向で作る授業」と「彼らのありのままを理解する教育カウンセリング」を軸とした療育を実践しています。

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