自分磨き

わかっていてもしてしまう、子どもの宿題への口出し手出し

宿題やりたくない

学校の宿題はどこまで完成させていけばいいのでしょうか?

「明日までの宿題が終わらない」とイラついたり泣きついてくる我が子に業を煮やし、じゃあやるか!という感じで親御さんが宿題を手伝う、というケースはままあるもの。

普段の宿題もですが、夏休みに至っては、読書感想文、自由研究、科学工作、ポスター、標語…等々、なかなか悩ましい課題がてんこもり。

これ、皆さんどうなさっていますか?


「手伝わないと、子どもひとりでは絶対終わらない」もしくは「こんな完成度ではとても提出できない」そう考えていらっしゃる保護者の方は多いようです。


のじゃ塾に来る子たちも「学校の宿題を完成させるために来ました」ということが、けっこうあります。

今回は、そんな宿題についてのエピソード。


Case9 自分だけではできない宿題~どこまでやるのが正解なのか

宿題は手伝うべきなの?

「宿題はやらなきゃいけないものだ」発言には正直言って、びっくりしました。

とても意外だったのです。

りゅうちゃんがあまりにも宿題をやりたがらないので、「やらなくていいと思っているからやらない。けれど保護者や先生から怒られるからやる」という思考なのかと思っていたのですが、違っていました。

全部問題を解き切り提出することは、りゅうちゃんの中では最低限の基本だったのです。立派な姿勢です。


そして、会話は続きます。

「じゃあ、文句言わずにやりなよ(笑)」と、私が言うと

「いや、やりたくないけどやるんだから、文句くらい言わせてよ」と返事が返ってきました。

要するに、やりたくない気持ちに一回寄り添ってよ、ってことだったらしいです。


「わからなくて解けなかった、って、先生に言えば?」

「え~」

「だからやり方を教えてください、って」

「え~」

なんていうやり取りを繰り返し

「アカウンタビリティを取ってください」と言うと

「アカウンタビリティって何?」と聞かれます。

「やることを選んだのは自分だ、ってこと。のじゃきはりゅうちゃんが宿題やってもやらなくてもどっちでもいいと思ってる」

「え~」

「やるって言うなら協力する。やらないなら、違う勉強するから大丈夫」

「ひどい……」


「人から言われたことを仕方なくする」ということも、「する」という選択をしたのは自分であるということ。選択をした責任を取るのは誰でもない自分自身だ、ってこと。責任というとネガティヴなイメージになってしまいがちだけれど、選択した結果が自分にとって望ましいものもそうでないものも、ちゃんと受け取っていくことを責任をとる、というんだよ。。そんな話をゆっくりとしました。


「できない」ってことも大切な情報 

私は25年前、某大手進学塾の講師として、中学受験をする子どもたちの指導をしていました。

当時から、宿題を完ぺきに仕上げてくる生徒はたくさんいました。つまり、わからないところを保護者に聞いたり解答と解説を見たりして、答案を完成させてくるわけです。

率直に言って、困りました。


「できていないこと」も、その子の本当の状態を知るための、大切な情報だからです。

やる気がなくてまったく手をつけていないのか、何か他の事情があってそれどころではなかったのか、やってもわからなくてその部分を抜かしたのか、わからないから途中で投げ出してしまったのか…。

理由は千差万別です。


子どもの側の事情ばかりが原因とは限りません。

授業の内容は子どもたちにわかり易いものだったか、宿題の分量は適切か、そもそも宿題のやり方についての指示は子どもたちに正確に伝わっているのか。

それは、教師の側の課題でもあるわけです。

だからこそ、真実の情報が欲しい。

原因がわかれば処方も細かく行き届いたものになります。


それは誰のためにしていることなのか

かく言う私も、息子の宿題を手伝っていた時期がありました。息子の連絡帳を見ると、宿題を確認してしまいます。確認するだけに留めておければいいのですが、宿題を終わらせなくてはならないという気になってしまいます。


ある時「せっかくやった宿題を、息子が提出してこなかった」 という出来事が起こりました。

「なんでよ~!あんなにちゃんとやったのに!やらせたのに!!」 と、怒りがふつふつと湧いてきます。その時ふと、私は我に返ったのです。 「あれ?なんで私、こんなに怒っているんだろう」って。


「宿題を忘れたら肩身の狭い思いをするんじゃないか」「ばかにされたらかわいそう」といった思いが始まりだったと思います。けれど、その隙間に少しだけ「宿題をきちんとやっている子どもだと思われたい、子どものことをちゃんと見ている親だと思われたい、ルーズな親だと思われたくない…」そんな気持ちが自分の中にあることに、気づいたのです。


保護者が手伝って完成させた正解だらけの宿題は、真実とはかけ離れた、作られた現実です。真実の子どもたちの「今」が先生に伝わらないというだけでなく、子どもたちにとってみればそれはつまり、「今の自分では足りていない」という感覚を、何度もつきつけられていることと一緒。

かつ、本来受け取れるはずの「適切な指導」という贈り物を、先生から受け取ることができないままになってしまいます。


宿題は、子どもたちのミッション

それをどう解決するかという営みの中に、ほんとうに大切なエッセンスが隠されています。

子どもたちが見せてくれている「正直な姿」を直視し、良いとか悪いとかのジャッジをやめてみる。その姿の先にある「どうしてうちの子、宿題やらないのかな?」に目を向けることで、互いの理解がまたひとつ深まります。よくよく、子どもたちの話を聴いてみませんか?


子どもの宿題の完成度への評価は、イコール保護者への評価ではありません。

もっと言ってしまえば、宿題は完成度を問うものではないはずです。

子どもたちが、今の自分のできる精一杯で取り組めば十分!





バックナンバー

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♯7:赤ちゃんにも意思がある ~理解出来ない親はダメな親?


♯6:仕上げ歯磨きを嫌がる子は、我慢が足りないの?〜感覚統合という視点


♯5:間違っているのが子どもとは限らない〜忘れ物は誰のせい?


♯4:他人の家の冷蔵庫を開けちゃう子〜それってしつけの問題ですか?


のじゃ塾とは?

幼児から大人まで通える療育塾。

発達症、発達症のボーダー、学校や家庭での問題行動全般、不登校、拒食症、統合失調、ダウン症など、子どもたちに同じケースはひとつとしてありません。 自宅の一室で、「語らい」や「遊び」「学び」の中から発見される子どもたちの心の声を聴きながら、ひとりひとりに、オーダーメイドな授業、教育カウンセリングを実践しています。また、のじゃ塾の療育メソッドをもとに、感覚統合を促進させる運動療育チーム「まなまりんManaMarine」を発足。



  • のざきみほ(学習・療育のじゃ塾塾長/日本子ども虐待防止学会会員/イラストレーター)

    「子どもたちが本来持っている才能を存分に発揮できるよう双方向で作る授業」と「彼らのありのままを理解する教育カウンセリング」を軸とした療育を実践しています。

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