
軽度のダウン症のカレンちゃん。パッと見、ダウン症とはわかりません。外国人のパパと日本人のママとの間に生まれたハーフ。言葉が遅いだけでなく、アメリカでの生活で身につけた英語と、日本語が入り混じっての会話なので、最初は本人の言いたいことを聞きとることが難しく感じられました。
現在、小学校の特別支援学級に通うカレン。「彼女の持つ才能をできることならば見出し伸ばしてあげたい」と、ママはいつも願い、カレンにぴったりの塾を探していました。そして出会ったのが、のじゃ塾でした。
Case4 ルールやマナー、一方的に押し付けていませんか?
何度かの攻防の後、私は「カレンはどうして冷蔵庫を開けたかったのだろうか」とふと思いました。「勝手に冷蔵庫を開けてはいけない」という発信にばかり気を取られていた自分に気づいたのです。
そして、カレンに聞いてみました。「どうして冷蔵庫を開けたかったの?」
カレンは「ミルク……」と答えました。
そのひと言を言う前に、聞くべきことがある
「喉が渇いて、飲み物が欲しかった。ミルクが飲みたかった」という一心のカレン。
彼女は、「セルフ」で、できるだけ自分のことは自分でやりましょうという教育を受けていました。その彼女のルールからすれば、この行動はしごく当たり前のことだったのです。
子どもたちのとっている行動が、ルール違反やマナー違反だと、つい早めに「ダメ」を出してしまうこと、ありませんか?
ここでいうルールやマナーは、言い換えれば、規範、社会常識、もっと言ってしまえば「自分たちの当たり前」。
たしかに、マナーは、お互いが気持ちよく社会生活を送るための気配りであると思います。けれど、そこに焦点を持っていくことと同じくらいの熱量で、カレンがその行動をとった理由に目を向けてみると、どうでしょうか。
ここで重要なのは、「ミルクを手に入れる」というタスクを、まずはカレンが完了すること。そうして落ち着いた後で、カレンの主張も聴きながら、お互いに思ったことを率直に伝え合います。
私はこの時カレンに「先生の家の冷蔵庫を、先生の許可なく勝手に開けられるのは不愉快だ」ということを伝えました。「だから、何か欲しい時には最初に先生に言って欲しい」と。
カレンは、「うん」「うん」と頷きながら、真剣に話を聴いてくれました。
お互いに理解し合って心地よく生きるために必要なスキル、マナーはもともと、こんな風に出来てきたのかもしれない……なんて思いながら、カレンの様子を見ていました。
お互いが気持ちいいルールって?
カレンのママは、とてもしつけに厳しい方です。なので、カレンはとても丁寧にご挨拶ができるし、ブロックや絵本の片づけは授業の前よりもきれいになっているくらいにきちんとしています。授業の持ち物も「セルフ」で準備しているとのことでしたが、必要な教材を一度も忘れたことがありませんでした。
カレンという人を言葉で表すならば……、
強烈な自己主張。
こちらが負けてしまいそうなくらいの相互理解に向けた意欲的態度。
やりたいことを決めて授業に臨むという主体的な姿勢。
楽しいことは、飽きるまでとことんやり切るバイタリティとこだわり。
ジャズのセッションのようなカレンとの授業は、私自身の研鑽の場でもありました。
「言い聞かせる」ということを、私たち大人は無意識にしています。習慣的行動とでもいうのかな。
けれど、カレンとのやり取りには、お互いが気持ちよくいられるマナーを共に構築していくことが肝要である、という学びがありました。
「きっとこうであろう」という自分の考えやルールの押し付けに終始するのではなく、互いの気持ちがどうなっているのかということを、率直な意見の交換やコミュニケーションの中から探り出す工夫により理解し合う。子どもたちとのコミュニケーションに限ったことではない、と、言えるのではないでしょうか。
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♯2:子どもに「なんでわかってくれないの? 」って思ってませんか?
♯1:大人の言うことを聞かない子ども、本当は何を考えているの?
のじゃ塾とは?
幼児から大人まで通える療育塾。
発達症、発達症のボーダー、学校や家庭での問題行動全般、不登校、拒食症、統合失調、ダウン症など、子どもたちに同じケースはひとつとしてありません。 自宅の一室で、「語らい」や「遊び」「学び」の中から発見される子どもたちの心の声を聴きながら、ひとりひとりに、オーダーメイドな授業、教育カウンセリングを実践しています。また、のじゃ塾の療育メソッドをもとに、感覚統合を促進させる運動療育チーム「まなまりんManaMarine」を発足。
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いしづかみほ(学習・療育のじゃ塾塾長/日本子ども虐待防止学会会員/イラストレーター)
「子どもたちが本来持っている才能を存分に発揮できるよう双方向で作る授業」と「彼らのありのままを理解する教育カウンセリング」を軸とした療育を実践しています。