女性の幸せ

女の幸せって「母・妻・女」以外の自分を大切にすることじゃない?

  • 更新日:2019/11/15

「女の幸せ」という言葉を聞いて、どういった幸せをイメージしますか?


・最愛の人と結婚する

・子どもを産んで暖かい家庭を作る

・素敵な人に愛される


こんなイメージではないでしょうか?


好きな人に愛されて、結婚して子どもを産む……素敵なことですよね。ですが私は、こういった状況を「女の幸せ」だとする価値観は、女性を不幸にすると考えています。


「妻とは、母とは、こうあるべき」という考えは女性を苦しめる

苦しむ女性

私はこれまで、50数回にわたってジェンダー(社会的な性差)についての記事を書いてきました。こういった記事を書こうと思ったのは、私自身や周囲の友達が、「女性とはこうあるべき」という価値観に苦しめられていることに気づいたから、さらに言えば、女性自身の中にも女性蔑視の気持ちがあり、それが苦しみの一因になっていると思ったからです。


たとえば、

・共働きの友人が「女性は結婚したら料理をするべき」と感じていて、自分の方が家事をメインで出来ていないこと、料理を作っていないことに罪悪感を持っていた

・出産した友人が「母親だから、ずっと子供と一緒にいたいと思うべき」と考え、ベビーシッターを雇うことにも罪悪感があり、ひとりで対処しようとした結果うつっぽくなった

といった話を聞くことがありました。


彼女たちに共通している心理は、「罪悪感」です。


妻なのに家事ができていない、母親なのに子育てに全力を注げていない⋯…そんな風に感じてしまうのは、妻・母・女性であるならば家事・育児をメインで担うのが当たり前だ、夫や子どもへの「愛」があるならそうして当然だ、という意識がどこかにあるからでしょう。


「愛があるから家事・育児を女性がするのが当たり前」ではない

女性の家事・育児

しかし女性が愛の名のもとに家事育児を全面的に担うことは、自然なこと、というわけではありません。そもそも、夫婦愛という概念は、明治以前にはなかったものです。


ではなぜ夫婦愛という概念ができたかというと、それは、「夫は外で働き、妻は家事育児を行う」という性別役割分業を広めるためです。国の発展を目指すうえで、男性が外でしゃかりきに働き、女性は疲れた夫を家庭で慰撫する、という役割が期待されました。つまり、かつて家庭は、夫にとっては休息の場所であり、妻にとっては労働の場所だったのです。


女性の社会進出が進み、現在では共働き家庭の方が専業主婦家庭よりも数は多くなっていますが、未だに、「家庭を休息の場所だと感じている男性、家庭でも働くべきだと感じている女性」が多いように思います。


「夫はなぜか家事や育児を他人事のように感じているようで、主体的にしようとしない」という話もよく聞きます。これは、その男性が「家庭は休む場所。家事・育児のメインは女性」だと無意識に考えてしまっているからでしょう。


「女性は無報酬で家事・育児を行うのが普通であり、しないのは妻として、母親として失格である」という考えを多かれ少なかれ内面化している男女は少なくありません。というか、ほとんどすべての日本人男女のなかにこういった価値観があるのではないかと思います。


これはある意味仕方がないことです。なぜなら、母親世代や、テレビのコマーシャル、ドラマやアニメ、漫画などのコンテンツで、こういった女性蔑視の価値観は繰り返し流布されていて、こういった価値観の洪水に触れないで生活していくことは、ほぼ不可能なことだからです。


そして、女性が自分の中の女性蔑視に無自覚でいる限り、誰かに搾取されることや、愛という美名のもとに無償の労働に従事させられるリスクと常に隣り合わせに生きていくことになるのです。


「女の幸せ」や「女らしさ」は、女性蔑視を助長する

プロポーズ

「女の幸せ」だと今現在されていることも、女性蔑視につながっています。なぜか。それは、「男の幸せ」が「女の幸せ」と同様のものとして定義されていないことからも明らかでしょう。「男の幸せ」という言葉はほとんど聞きませんが、「男の幸せ」と聞いて結婚や育児、誰かから選ばれることをイメージする人はいませんよね。「成功した男」のイメージは家庭よりも、仕事でのそれになるはずです。それなのに、「女の幸せ」は、家庭のイメージと結びついており、他者である「男性」に選ばれて初めて成立するもの、のような扱いです。「女の幸せ」は、男は自分で幸せになれる、女は男に幸せにしてもらうもの、そんな価値観が透けて見える概念なのです。


自分が主体的に幸せになるのではなく、誰かに幸せにしてもらうことが「女の幸せ」であるという考えは、いうまでもなく、女性の力を奪います。


同様に「女らしさ」も、女性の力を奪う装置です。「男らしさ」は、力強く、たくましく、野心があり、リーダーシップがあり⋯…というもので、「女らしさ」は、優しく、従順で、おとなしく、気が利いて⋯というものですよね。つまり、「男らしさ」は支配する立場、「女らしさ」はそれに従う立場として位置づけられているのです。


フェミニストの田嶋陽子さんは、著書『愛という名の支配』のなかで、こんな風に述べています。「女らしくなることは、従順やひかえめということばを見てもわかるとおり、だれか相手がいてのことです。一人の人間としどう生きるかどう成長するかではなく、相手をどうサポートするかということです。一生、男の補佐役と決められてしまうことでもあります」。


誰かの補佐でいた方が楽、と考える方もいるでしょう。ですが、誰かに付き従う側のポジションを選ぶのは、とてもギャンブル性の高い行為です。楽な道を選んだつもりなのに、いつのまにか、無償で家事育児をするのが当たり前の、それ以外のことをすることが許されない立場に追い込まれてしまっていた、という悲劇もあり得るのです。


自分のなかの性別役割イメージと戦い続けることが、「自分の幸せ」を見つける手がかり

自分の幸せを考える

「女性はこうあるべき・妻はこうあるべき・母親はこうあるべき」という価値観は、女性蔑視を内包していることが多い、と気がつくことは、楽に生きるための一歩になります。


ですが、「自分には偏見がある」「自分の中にも女性蔑視の気持ちがある」と気がついたからといって、すぐにそういった価値観を脱ぎ捨てられるわけではありません。長年にわたって頭と心に染み付いてきた汚れを、一瞬で消すことは難しいですから、じっくりと向き合っていく必要があります。


誰かから愛されること、妻になること、母親になることで幸せになれるとしたら、なんて女性は無力な存在なのでしょうか。そうでなければ幸せになれないと考えるなら、「女性は無力な存在なのだ」と思い込んでしまっているのでしょう。


本当の「女の幸せ」は、誰かから母親や妻、彼女という肩書きを与えられることで得られるようなチンケなものではないはず。


私たちは、自分の力で幸せになれます。誰かから幸せにしてもらう必要なんてないのです。



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  • 今来 今 (フリーライター)

    神戸出身。編集者を経て現在フリーライター。複数メディアにて、映画評・書評・ルポなどを連載中。

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