男らしさ

明治時代から続くモテ路線。「男らしい男性」ってどんな人?

  • 更新日:2019/10/18

「男らしい男性」と「女っぽい男性」どっちが好き? と聞かれたとき、「男らしい男性の方が好き」と答える人は多いでしょう。

実は、「男らしい男性の方が、女性にモテる」という言説は、明治時代から現在まで繰り返し主張されています。


では、モテる要素になり得る「男らしさ」とは具体的にはどういったことを指すのでしょうか? 

今回は、「男らしさ」の歴史について、『男たち/女たちの恋愛: 近代日本の「自己」とジェンダー』(勁草書房・田中亜以子著)を参考にご紹介していきます。


「男らしさ」は、国を繁栄させるためのイデオロギーとして、明治時代に注目された

男性

「男らしい男性」と聞いてどういったイメージを抱くでしょうか? リーダーシップのある男性? 豪快で細かいことを気にしない男性? それぞれに思い描くイメージがあるはずです。


こういったイメージは、自然に出来上がったもの、と思われるかもしれませんが、実際には、幾人かの提唱者によって、意図的に主張されてきたものであることが知られています。


なかでも、歌人で評論家の大町桂月(おおまち・けいげつ)は、ジェンダー・イデオローグ(ジェンダーにまつわるイデオロギーの創始者)として、「男らしさ」という概念の構築に多大な貢献をしたことは有名です。


本書では、大町が、立身出世に疑問を抱き、自己とは何かと悩み始めた青年の目を「国家社会」に向けることを目的として、「男らしさの価値化」を行った、と指摘しています。


大町が「男らしさ」を構築していく上で、主として引き合いに出したのは、儒教の教えであった。大町によれば、儒教とは「個人の立場以上に超脱して社会を基礎とした」教えである。したがって、儒教において理想とされたのは「社会を益しようという心」をもつ男性であり、そのような男性こそが「君子」であるとされたという。(略)男であっても、陰険、愚痴、未練、ひがみ、卑怯、臆病、しみったれといった「女性的悪徳」を有する男は、「小人」とよばれた。(略)「君子」の特徴を「男らしさ」として称揚することは、「小人」の特徴を女性的なものとして徹底的に侮蔑することと裏表の関係にあった。「小人」ではなく「君子」になることは、同時に「女」ではなく「男」になることでもあったのである。「君子」の価値は、「女」に対する「男」の優位を自明の前提とすることで、担保されたのである。(P.94)


つまり、男たるもの、下位の存在である女のようになることなく、「国家のために」立身出世を目指すべき、それこそ男らしさである、と大町は主張していたのです。


明治時代の「男らしさ」と「恋愛」の関係。愛されることは、男らしさの証明?

恋人

次に、明治時代の「男らしさ」と「恋愛」の関係についても確認しておきましょう。


大町は、「男は国家社会のために尽くすべきであるから、女のように恋愛にかまけるべきではない」とも述べ、男性が「恋愛の主体」になることは否定していましたが、「恋愛の対象」となることは、むしろ奨励していました。


「男らしく、恋愛にかまけず、立身出世を実現したら、自然と女性から愛される」という論理を展開し、女性に愛され妻子を持つことは、男らしさの証明である、と言い切ったのです。


「女性に愛される資格」とは何を指すのか。大町は「富」、「貴き身分」、「学力」、「腕力」、「強さ」、「気前のよさ」、「深切(原文ママ)」を列挙する。ここでは「富」と「貴き身分」、すなわち「富貴」とそれを達成するための「学力」が、筆頭に挙げられていることに注目したい。勉学に励み、「立身出世」を遂げることによって、男性は、はじめて女性に愛される資格を得るということだろう。このような論理に依拠すれば、女性に「愛され」、妻子をもつことは、「男らしさ」の証となる。逆に、「女性の愛を満足させ」、妻子を扶養することを果たせない男性は「男性でない」とまで罵倒されることにもなる。(P.96)


「恋愛は、立身出世という男性役割の達成によって得られるものだ」「妻子を養えることが男らしい男だ」といった論理は、男性を稼ぎ手へと巧みに導いていったのです。


青年たちに発せられたメッセージは明らかであろう。恋愛の勝利者たりたければ、恋愛などに興味をもたず、ひたすら社会における「事業」に意識を集中させ、「事業」の成功、「富貴」の獲得にこそ邁進すべきである。女に愛されたければ、女に愛されようとしてはいけない。こうしたねじれた精神構造が構築されることによって、恋愛は青年たちを「男らしさ」へと、そして、男性の性別役割へと誘導する装置へと読み替えられていったのである。(P.98)


「男らしい男性」人気は現代でも続いているけど…

男らしい男性

仕事で成功していて、気前が良く、妻子を養えるだけの財力を有する、「男らしい男性」は、明治時代に、「女性からモテる男性」だと定義されていました。


現在でも、高収入で社会的に成功している男性は、「モテる男性」であることに変わりはありません。一方、昔も今も、男らしさの規範にそぐわない男性(経済力がない、働く意欲がないetc)は、「男らしくない」「男のくせに」と避難されがちです。


しかし、そもそも「男らしさ」が国益のために提唱されたイデオロギーであることを考慮するならば、男性に「男らしさ」を過剰に求めることや、「男らしさからの逸脱」を許さないことは、個人の特性や生き方の選択の自由より、国家を栄えさせることを重視していることと同義だ、とも見ることができます。


個人の特性を生かし、多様性を認めあえる社会の実現のためには、「男らしさ」を「絶対的で普遍的な善」とせず、男らしさ規範に沿わない生き方も許容し、肯定していく姿勢が必要でしょう。



参考


▼バックナンバーはこちら

・「彼氏からのプロポーズを待つ」が危険すぎるワケ
・母親の自己犠牲は「母性」があるから当たり前?
・「女性の性欲」を「無いもの」にするのはやめよう
・セクハラなどの性暴力被害をなくすために、女性ができることは?

▼著者:今来さんの他連載はこちら

・妊活・お金・介護・美容…40歳までに知っておきたいことリスト
・【連載】なんで子供が欲しいの?
  • 今来 今 (フリーライター)

    神戸出身。編集者を経て現在フリーライター。複数メディアにて、映画評・書評・ルポなどを連載中。

この記事がいいと思ったら
いいね!しよう

Related関連記事

Pick Up編集部ピックアップ

Rankingランキング

#tag