
母親の自己犠牲は「母性」があるから当たり前?
- 更新日:2019/10/04
- 公開日:2019/10/04
日本人は、「頑張る母親」が好きですよね。
ですが、母親の頑張りが賞賛されるのは、その頑張りが「子供、または家庭」に向けられているときに限られているように見えます。
たとえば、女優さんが出産直後に復帰したら「子供よりも自分が注目されることの方が大切なのか」と叩かれる一方、出産後、家庭に入った人は褒めそやされたりもします。
なぜ、日本はこんなに、母親が子どもや家庭に尽くすことが賞賛される国なのでしょうか? 今回は、ライターの堀越英美さん著『不道徳お母さん講座 私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』を参考に、「母親に求められがちな、自己犠牲や母性」の歴史と、その弊害について解説していきます。
母性幻想の誕生

著者は、母性幻想が生まれた一因として、大正期に母親に向けて刊行された家庭教育書が影響している、と分析しています。
なかでも、女子教育家・下田次郎の『母と子』(大正5年)は、母親を聖なる存在として賛美したことで主婦層に支持され、ベストセラーとなったそうです。
それまで、家庭に閉じ込められ、侮られていた存在だった女性が、子どものために献身することで、いきなり光を当てられ、崇められたことから、女学校出の奥様たちの自尊心は掻き立てられたと言います。
当時の下田次郎が担っていた女子終身教育は、儒教道徳のもと女性の自我を否定し、忍従を強いるものだった。しかし文学に親しみ、西洋の価値観に触れ始めた女学校出の女性たちは、自我の解放を求めていた。そこで持ち出されたのが、人類の罪をあがなうために十字架に磔(はりつけ)にされたキリストの犠牲を女性の犠牲に重ね、慈悲深い観音菩薩を女性の忍耐に重ねることで、女性の忍従を聖なるものとして崇める母性信仰だったのではないだろうか。母性信仰は、自我に目覚めた女性を内発的に忍従させる装置ともなった。(第二章)
この流れは、大正自由教育運動の旗手である小原國芳にも引き継がれ、小原が刊行した教育書『母のための教育学』(大正14年)では、「子供のために苦労することは尊い」「どうか苦労してください」「子供と離れ、飛びはねている母があったら、なんという大罪でしょう!」「かかる女こそは最初に地獄に行くべきです」などと書かれており、積極的に母親に自己犠牲を強いています。
大正時代の男性が「母親の自己犠牲」を求めた理由

なぜ、大正時代の知識人男性たちは、「母親は子どものために自己犠牲を厭わないものだ。それこそが女性の喜びだ」だと主張したがったのでしょうか?
筆者は、その一因に、「自らの加害者性を否定したいという欲求」があった、とみています。
急激な近代化の流れの中で学問をする機会をえて共同体を飛び出し、社会で自分の力を試す喜びを知った個人は、古い共同体に閉じ込められたままの「母」に後ろめたさを感じざるをえない。そこで「母は自分に犠牲献身することだけが幸せだった。女性とは皆そういう尊い生き物で、自分は尊い愛に値する尊い人間なのだ」という母性幻想に身をゆだねれば、罪悪感を自己肯定に転じることができる。母性幻想で後ろめたさを糊塗した個人にとって、都市文明に親しみ自分の人生を楽しむ母の存在は、自分の加害者性を思い起こさせ、自己肯定感をぶち壊す許すまじ罪人となるのである。(第二章)
母親の献身と自己犠牲を女性の尊い仕事だと賛美する流れは、長らく続き、昭和12年に発売された小野清秀著『国家総動員』においても、「母性、育児、それは何といっても、最大至高唯一無二の女性の天職である」と記されています。
「母親だけに自己犠牲と献身が求められる風潮」を終わらせよう

現在、大正時代から始まった「女性のもっとも大切な仕事は育児」「子どものために自分を犠牲にして献身する女性は尊い」といった価値観を、おおっぴらに言う人は少なくなりました。ですが、だからといって自己犠牲賛美の風潮が完全に消え去ったわけではありません。
先日、TVで選択的シングルマザーについての特集を見ていたのですが、そこで、ある男性芸能人が、「(選択的シングルマザーが悪いとは言わないけれど)赤ちゃんって、お母さんと一秒でも長くいたいものだと思う」と、女性は子どもを産んだら仕事ではなく育児を優先するべきだ、という趣旨の発言をしていました。現代でも、「女性は仕事より子どもを優先すべき」「女性には母性があるから、子どもを最優先するのが普通」と考えている人は少なくないのでしょう。
ところでみなさん、母性を、目で見たことありますか? これが母性です、という実態はありません。それにも関わらず、母性があることにしておきたい、と考えるのは、「その方が都合がいいから」です。
母性や母親の自己犠牲を尊ぶ価値観は、「母親に自己犠牲を強いてきたという自覚がある人」や「育児を女性に押し付けたい男性」の罪悪感を消すと同時に、「子どものために献身し続けてきた自分の生き方に後悔と迷いがある女性」の自己肯定感を強化するために役立ちます。
「母親が子どものために尽くすのは母性があるから当然。それこそが尊い女性の仕事」だということにしておいた方が得だ、と未だに考える人が多いのは事実です。そのため、この価値観は強固に残り続けています。
ですが同時に、母性や自己犠牲を押し付けられ、苦しい思いをしている女性も、たくさんいます。自分たちの、女性たちの、母親たちの苦しみをこれ以上増やさないためには、母親に過剰な自己犠牲を強いることをやめ、「父親にも同様の自己犠牲を求めるか」を立ち止まって考えてみる必要があるでしょう。
参考書
▼バックナンバーはこちら
・「女性の性欲」を「無いもの」にするのはやめよう・セクハラなどの性暴力被害をなくすために、女性ができることは?
・「母親なんだから」「女は加齢で価値が下がる」呪いの言葉から自由に!
・「主人」「女社長」…は、性差別を助長する言葉?
▼著者:今来さんの他連載はこちら
・妊活・お金・介護・美容…40歳までに知っておきたいことリスト・【連載】なんで子供が欲しいの?
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