母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #19 ベランダの鳩(19)

  • 更新日:2019/04/18

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#19 ベランダの鳩(19)

 美香ちゃんと太陽のカップルが、わざわざもう一人、男の人を呼んでくれたのは、もちろん私に恋人がいないことを気づかったのだろう。

「好きな人もいないの?」

 パン屋さんでの立ち話で美香ちゃんに訊かれ、

「いない。ずっといない」

 不必要なくらい、私はきっぱり答えたのだった。

「嘘」

 と美香ちゃんは驚いたように言ったけれど、それはまったく嘘ではない、正しい近況報告だった。

「えー、つまんないじゃん」

「そんなでもないよ。ふつう」

「なんか理由とかあんの?」

「ないけど……一人が好き」

 母が自由奔放で恋愛体質なぶん、私は逆に慎重なタイプに育ってしまった。古い友だちの美香ちゃんも、徐々にそんなことを思い出したのか、

「そっかー、そういうのも案外いいかもね」

 と適当に笑っていたけれど、じゃあね、と別れてから、

〈飲みに行こうよ、今日。太陽がもう一人、誰か連れてくるって〉

 と、いきなりLINEで誘ってくれたのは、せっかく久しぶりに会ったんだから、という第一の理由よりも、私に誰かを紹介してくれようという親切心のほうが大きかったのかもしれない。

〈誰かって……誰?〉

〈大丈夫。こごみも知ってる人〉

 今さら地元で新しい出会いを期待したわけでもなかったけれど、昔、ほんの少しだけ好きだった太陽が、一体誰に声をかけたのか、興味がないこともなかった。


 おくひら君、というのがそのあらわれた同級生で、がっしりとして明るい太陽とは対称的に、ひょろっとした、いかにも植物系の男子だった。

 線の細い、弱々しい印象は昔から変わらない。

 確かずっとおだやかな、やさしげな子だった。頬がふわふわのパンケーキのようだと、一時期、評判になったことがある。小学六年の頃だっただろうか。

「ねえ、おくひらー、さわっていい? ぷにゅぷにゅのほっぺ」

 クラス中の女子がかわるがわる彼のもとへ行き、人差し指を突き立てては、

「あ、ほんとだ。やらかい!」

 と騒いでいた。あのとき、縁起物かなにかみたいに私も触りに行った。今、そのほっぺがすぐそばにある。

 おっす、とか、ども、とか、奥平君(という漢字だった)は思ったよりも軽い調子の挨拶をすると、私の横に座り、まずメニューを広げてじっと見て、やはりみんなと同じ、ベトナムの瓶ビールを注文した。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

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第15話:ベランダの鳩(15)


第16話:ベランダの鳩(16)


第17話:ベランダの鳩(17)


第18話:ベランダの鳩(18)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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