母と娘

【藤野千夜】ジユウな母とオクビョウな私 1話~6話

  • 更新日:2019/07/28

ベランダの鳩(1)~(6)

 実家のベランダに、鳩が巣を作ったらしい。

〈こんどの休みに、見に帰ってくれば?〉

 母からのんきなメールが届いたのは四月の朝だった。いくら頼んでもLINEを使ってくれない母は、スマホにメールを送ってくる。添付の写真に、エアコンの室外機がうつっていて、その向こうに、木の枝なんかで作ったのだろう、ごちゃっとした巣らしきものが見えた。そこから黒っぽい二羽のヒナが首を伸ばしている。つづけて母から、メールがもう一通届いた。

〈こごみと、わらびみたいでしょ〉

 キッチンには下りず、買い置きのメロンパンのラスクを部屋で囓っている出勤前の娘に、一体どう返事をしろというのだろう。

 こごみは私、わらびは三つ下の弟の名前だった。

 大学に通う弟は、今も母と同居している。


 もともと私と母とは、あまり仲がよくなかった。ひどく悪い、というほどではなかったけれど、考え方が違いすぎて、一緒にいると疲れてしまう。それをどうにか騙し騙し、仲のよい設定で暮らしてきたけれど、就職を機に一旦離れてみると、これが楽。

 住まいは会社の借りてくれた「シェアハウス型の社員寮」で、どういうものかといえば、まだ築年数も浅い、ホテルめいた社員寮を、異業種の、多くの会社でシェアしているというスタイルだった。トレーニングジムやシアタールーム、図書室といった共有スペースが豪華で嬉しかったとはいえ、やっぱり完全なひとり暮らしとは違って、他人との共同生活のわずらわしさはある。

 それに親元を離れて暮らすのがまったくのはじめてだったから、ふと感じるさびしさのようなものも正直あったけれど、それでも絶対に家を出たのは正解だった。

 二年経った今では、ときどき帰宅して母とやり合い、やり込められ、うまく使われ、疲れて寮の自室に戻れば、ふう、と安堵のため息をつく。よくあそこに毎日いられたものだ、としみじみ思うようになった。

 我慢強かったんだ、あの頃の私、と褒めてあげたくもなる。


 母は根っからの自由人で、行動はいつだって自分本位。口ではもっともらしい理屈を言うのだけれど、それが全部気まぐれの、でたらめだった。

 予定はすぐに変更する。時間はだいたい守らない。家の中は、掃除をしてもなんだか散らかっている。真面目な私は、子供のころから、つねにはらはらさせられていたのだった。

 いつも身勝手なくせに、母は愛想がよくて、人との距離を詰めるのがうまかった。

 飲み会やお祭りが大好きで、同じ時刻、同じ場所にいたというだけで、すぐに人と仲良くなれる。

 そのぶん振り回された人のほうも、あまり真剣に怒るという話でもなかったし、多少トラブルめいたことになりかけても、わざわざ間に立って、助けてくれる周囲の知り合いも多かった。笑うと目が線になるような、愛嬌のある顔立ちでも得をしていたのかもしれない。一度も結婚しないで私と弟を産み、育てている境遇を気にかけてくれる親切な人たちに、ちゃっかり甘えるのも上手だった。

 一方、私はといえば、中学の制服を着るころになると、そういった母のずるさに敏感になった。はらはらよりも、だんだんイライラすることのほうが多くなって、「ねえ、自分で決めたんでしょ」「相手に迷惑がかかるよ」「お母さん、それ、犯罪。私が警察に電話したら逮捕されるから」「やめて、次が順番なんだから、用は面談が終わったあとにして!」なんてたしなめて、うるさがられた。

 こちらが正論なので、母も「ごめーん」と一度は謝ってはくれるのだけれど、行動自体はだいたいあらたまらない。それでもう一度指摘すると、「こごみちゃん、めんどくさい」と、よく笑った。


 こごみ、という名前のひびきは自分でも好きだった。山菜の名前から取ったそうだ。母がむかし教えてくれた。

「だっておいしいから。こごみ」

 弟の「わらび」も同様らしい。そのわりに山歩きもしなければ、山菜料理が得意なふうでもないのは、母らしいところだろう。

 ただ、母がおいしいと思ったものの名をつけてくれたことは、内心、嬉しくないわけでもなかった。もちろん、小学生のころには、よくクラスの男子にからかわれた。小さなゴミって、何百回言われたかわからない。

 もっともそのときは、大切な名前をそんなふうにバカにするほうがバカ、と強く思っていたから、全然傷つかなかった。むしろそうやっていじられているのを母に知られたら、母が残念に思うのではないかと心配した。だから当時は一度だって、名前を悪く言われたと母に告げたことはない。ようやく冗談ぽく口にできたのは、高校を卒業してからだった。

「ねえ、名前つけたとき、将来、クラスのアホ男子が喜ぶって思わなかった? 小ゴミちゃんだよ? そんなの子供は絶対に食いつくよね」

「思わなかった。だって、こごみを産んだとき、私、もう大人だったから」

 と、母はにっこりと言った。


「野生の鳩って、バイ菌がいっぱいいるらしいよ。だからお母さん、あんまり触んないほうがいいかもしれない」

 職場のお昼休みに、鳩の巣のことを先輩の中園さんに訊ねると、そんなふうに教えてくれた。会社のご近所ランチの定番、喫茶店「花時計」に来ていた。ご夫婦がふたりで営む小さなお店だ。ランチのメニューはホットケーキのセット数種だけ。店内は見事に女性客で満員だった。

「あと、ベランダは知らないけど、公園なんかで勝手にエサやりしたら、条例違反で怒られるんじゃなかったっけ。それに野生の鳩は飼ったらいけない法律があった気もする」

 中園さんが、上品な小さな唇で言った。大の小麦粉好きだけあって、週に一回はここのホットケーキランチに行こうよとその唇が誘う。用意のできたひと皿がよそのテーブルに運ばれるのを、先輩も私も、つい目で追う。四角いバターの載った丸いホットケーキが、分厚く二段。そこにフルーツ(今日はメロンだった)を添えたサラダと、ぷりぷりの長いソーセージが二本ついたランチだった。お腹がぎゅるると鳴る。私はソーセージではなくて、今日はふわふわのスクランブルエッグをプラスしたランチを、先輩はホットケーキを三段にして、ハムのついたのを注文していた。早く。早く届いてほしい。

「うちのお母さん、勝手にエサあげちゃうような人なんですよ」

 空腹をこらえて私は言った。母、と呼んだほうがよかったかとも思ったけれど、それほど立派な話でもない。「世の中のルールが今一わかってないっていうか。バイ菌にも鈍感で、口をつけたペットボトル、何日経ってもそのまま飲んでるし。床に落ちたものでも、弟と一緒になって、三秒までなら平気とか言って食べちゃう」

「三秒ルールね」

 と、中園さんが言った。


 その夜、先輩に聞いた情報を伝えようと、

「鳩の巣どうなった? ちゃんと管理会社に連絡した? それとも保健所かな?」

 母の携帯に電話をかけると、

「ん、どこにも連絡してない」

 いかにも外、おそらく飲み屋、という騒がしさの中、楽しそうに答えた。「もう、そのままにしようかと思って。ほら、毎日エサとかあげるのは面倒だけど、巣の場所くらいは貸してあげてもいいじゃない。どうせベランダの隅なんて、使いようがないんだから」

「面倒じゃなくて、エサあげたらいけないらしいよ、条例で禁止だって。あと、野生の鳩は法律で飼うのも禁止」

「え……なんで?」

 と母は心から不思議そうに言った。

「さあ。なんで、って言われても困るけど」

 鳴き声がうるさいし、ところ構わずフンを落として汚い、ご近所迷惑……野鳥をむやみに繁殖させては困る理由を、私が常識的な範囲で想像して答え、だいたい、野鳥はバイ菌だらけだよ、という情報も付け足すと、

「ああ」

 と母は言った。言葉が途切れたせいで、周りのざわめきが一層強く聞こえた。今どこ? と訊ねると、家のすぐ前の天ぷら屋さんにいるらしい。もちろんお酒を飲んでいるのだろう。「おーい、こごみちゃん、こんばんは~」と誰だか知らないおじさんが電話に出て、また母に戻った。

「でも、一番うるさいし汚れるの、うちなんだから。うちがよければいいじゃない」

 母が、母らしい理屈で言う。

「ダメ。今はまだ巣を作られた被害者だけど、そのままにしたら、うちが加害者になるよ」

「なんか大げさ」

 と母は笑った。こごみちゃん、めんどくさい、と言うときと同じ調子だった。「とにかく一回見に帰ってきたら? それまでは、ずっと放置しとくよ、こごみちゃんと、わらびちゃん。成長が楽しみ」

「やめて、そういう冗談」

「なんでよ、本気なのに

 あははは、と母は高らかに笑った。鳩の巣をエサに、娘を呼び戻す気まんまん、といった口調だった。


 結局、金曜日の仕事を終えてから、私は実家に帰ることにした。

 最近は母に文句を言われないぎりぎりのライン、だいたい月一回のペースで週末に戻るようにしていたから、四月に入って二度目の帰宅は予定外ではあったけれど、放っておくと、本当に言葉通り、鳩の巣をそのままにすると思ったのだ。弟のわらびにすべての処置を任せる、という方法は、残念ながら、もし試してもほとんど意味のない選択になりそうだった。

 基本的に弟は母と同類、愛想がよくて、だらしないタイプだった。顔が可愛くてモテるせいで、それでいいと本人もずっと思っているようだ。母に替わって家事をする、という発想もないから、月一で帰宅すると、私がざっと家の中の掃除をすることになる。一緒に外食に出ないかぎりは、食事も私まかせだった。

「わらびがやりなよ。ここに住んでるんでしょ」

 と文句を言うと、

「……姉ちゃん、俺のこと捨てたくせに」

 と、濡れたような目で見返して、弟は必ず言った。

 ひっ。

 自分ひとりだけ家を出たことを弟のわらびに責められると、私は弱い。えっ、またその話? と思いながらも、決まってぎくりとした。

「姉ちゃん、捨てたよね、俺のこと」

「だって、わらび、もう高校卒業してたし……彼女もいたじゃん。萌え萌えの可愛い子。えっと名前は……」

「デタラメでだらしない母さんから、ふたりで身を守ろう、子供たちだけでこの家をちゃんとしようって、いっつも言ってたの、姉ちゃんなのに」

 確かにそれは言った。でもそれは私が中学生、わらびが小学生の頃だったはずだ。もしかしたら、私が高校生で、わらびが中学生の頃も言ったかもしれない。……私が成人して、わらびが高校生の頃にも、二、三回は口にしただろうか。

「それが急に、ベイエリアのおしゃれ社宅に入れることになったから、こごみたん、来月ここ出て行きまーすって。びっくりしたよ。俺になんか、相談ゼロだもんね。あ、姉ちゃん、自分だけよければいいんだ、って。それじゃ、母さんと同じじゃん」

 散らかった自宅マンションに帰って、弟に文句を言うと、だいたいそこまで話が行って、私が負ける。「母さんとは全然違うから! あと、私、自分のこと、こごみたんなんて絶対に言ってない!」と急いで言い返すのと、片づけや食事の支度を少しでも手伝わせるのが精一杯だった。

 前回の帰宅時もそうだったし、きっと今回もそうなるのだろう。

 今月二回目の帰宅だから、散らかり方がまだましかも、と期待できるのがせめてもの救いだろうか。

 ただ、そのかわり今回は、ベランダに鳩の巣があるのだった。どうしよう。


 そして金曜日、勤務先の日本橋から、帰宅時間帯の地下鉄に乗った。

 直通電車を使えば乗り換えなし、三十分もかからず自宅の最寄り駅に着くのはいいのだけれど、そのせいで、家から通える距離なのに自分だけ逃げた、とわらびには主張されてしまう。もちろん十分に通勤できる範囲といえばそうなのだけれど、なにしろ今の「寮」までは、地下鉄で三駅(八分)。駅からも近い。それにせっかく社会人になったのだから、そろそろ親元を離れて独立してみたかった。一度、そうきちんとわらびに反論していると、

「わらび、あんまりそんなこと責めたらダメ。お姉ちゃんだって、テラスハウスみたいなのに憧れて、素敵な出会いを求めてるんだから」

 と、家を散らかす張本人、母にとんでもないかばい方をされて、私はその場で気絶しそうになった。


 子供の頃から私は慎重で、よく先を考えて行動するタイプだった。母がうっかりしているせいで、かばうためにそうなったのか。それとも高校の校長先生をしていた祖父の血なのか。

 そのおじいちゃんはとにかくしっかりした人で、私にとっては、母の暮らしぶりを「だらしない」と意見してくれる大切な味方だった。年を取ってからの娘で、自分のしつけが甘かったと反省しながら、横須賀の住まいからだいたい月一で訪ねて来ると、

「なんでこんなふうになるんだ。ほら、ものの上にものを載せない! 下のものが取れないだろ」

 などと母をきっちりと叱ってくれた。もちろん、まだ子供だった私はその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだけれど、結局おじいちゃんと一緒に片づけをしていたのは、ほとんど私だったかもしれない。そんなときの母はわらびを連れて、すぐにどこかへ出かけてしまうのだった。

 そのおじいちゃんはもう十年も前に亡くなり、横須賀に小さな不動産を遺してくれた。そのおかげで、なんだかふらふら、気ままな仕事ばかりしている母の元、私もわらびもきちんと学校に行かせてもらうことができた。その点では、とても感謝している。もちろん、おじいちゃんにだ。

 母のほうは、慎重な私をいつでもからかうようなことしか言わなかった。たとえばショッピングパークで、広いフードコートを一周見て回っていると、

「こごみって、本当に全部見てから決めるんだよねえ」

 母がしみじみと言ったことがあった。私が高校生、わらびが中学生の頃の話だ。

「なんで。当たり前でしょ。全部見ないと、どれにするか決められないよ」

「パッと見て、おいしそうなのあったら、もうそれでいいじゃない。お腹空いてんだから」

 母はそんなふうにメニューを決めては、後悔ばかりしているように当時の私には見えた。

「だってお母さん、すぐ言うじゃん、あっちにすればよかったとか、あんなのがあるって知らなかったとか。私はそうならないように、最初にじっくり見てから決めるの」

「でも、こごみちゃん、そんなふうだと恋人できないよ。ねえ、わらびもそう思わない?」

「なに」

 フードコートではラーメン一択、さらに炭水化物を増したがる年頃だった弟は、とっくに注文して、出来上がった豚骨醤油ラーメン+半チャーハン+餃子三個をもうテーブルに運んでいた。

「お姉ちゃん、メニュー決めるの遅いよね」

「あー、うん、そうかも」と大して興味もなさそうに答えると、わらびは、いただきますを言い、ちぢれのない細麺を、ずばばばばっ、ずばばばっ、とおいしそうに食べた。


»【まとめ読み2】ジユウな母とオクビョウな私 7話~16話
  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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