母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #18 ベランダの鳩(18)

  • 更新日:2019/05/30

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#18 ベランダの鳩(18)

 夜にもう一度、美香ちゃんに会った。今度はLINEに連絡をもらい、近所のべつのお店で待ち合わせたのだった。

 マンションを出て、歩いて一、二分といったところで友だちと遊ぶのは、まるきり母の生活を真似しているようで嬉しくなかったけれど、そうはいっても地元に戻っているのだから仕方がない。せっかく美香ちゃんにも会ったから、もう一晩、こっちに泊まってから帰るつもりだった。

 市場、と名前のついた抜け道のような一帯に、ラーメン店や居酒屋といった、気軽なタイプの飲食店が集まっている。待ち合わせたのは、ベトナム料理のお店だった。ちょうど直角に曲がった通路に面して、壁はなく、テーブルと椅子がぽんぽんと置かれている。

「よお、こごみ。小さなゴミ、久しぶり」

 がっしりとした体格のわりに、さわやかなルックスの青年が言った。美香ちゃんと一緒に、幼なじみの男がくるのは知っていたけれど、まさかそんな懐かしいいじり方をされるとは思わなかった。

「アホ」

 こちらも表情を変えず、昔と同じ返し方をした。いっそ、そのまま席には着かず、通路を抜けて向こうへ出てしまおうかとも思ったけれど、一年ほど前から青年と交際しているという美香ちゃんが、

「バカ、太陽、やめなよ」

 と彼の肩を叩いてたしなめ、「ごめん、こごみ、ごめん」と私の前にもう片方の手を差し出したから、振り切って行くのも大人げないと足を止めた。

 太陽という明るい名前の男は、昔から底抜けのバカだったけれど、顔立ちはよく、スポーツは万能だったから、どの年頃でも、そこそこ女子に人気があった。

 小中の九年ほどの付き合いの中で、半年くらいは私も好きだった時期がある。もちろん告げなかったし、それは自分の中でもとっくに葬った闇の歴史だった。

「二人だけ?」

「ん? あと一人呼んだから。焦るなって」

 妙に馴れ馴れしい太陽の横の席に、向かい合って座っていた美香ちゃんが移った。

「誰?」

「それは来てからだな」

 ベトナムの瓶ビールで乾杯して、春雨と海老のサラダ、青菜のにんにく炒め、といった料理を楽しむ。すぐにもう一人、男の同級生が姿を見せた。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第13話:ベランダの鳩(13)


第14話:ベランダの鳩(14)


第15話:ベランダの鳩(15)


第16話:ベランダの鳩(16)


第17話:ベランダの鳩(17)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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