母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #17 ベランダの鳩(17)

  • 更新日:2019/03/22

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#17 ベランダの鳩(17)

 駆除業者に連絡をすると、週が明けてから、あらためて電話をくれることになった。

「え、こごみちゃんのいないときに?」

 面倒くさがる母に、きちんと応対するよう言い含めるのが大変だった。

「来週、休んじゃえば。会社」

「バカなこと言わないで」

 一体どこまで本気なのか、考える気力もわかなかった。


 午後、家の近くで幼なじみの美香ちゃんに会った。

 母がいつもシベリアを買う老舗ベーカリーとは別の、新しいパン屋さんに並んでいたのだ。

 人出の多い休日には、決まって外までお客さんが並んでいる人気店で、その列の一番うしろに美香ちゃんがいた。あっ、と声を上げた私に気がつくと、あっ、と彼女も嬉しそうに笑った。

「こごみ、帰ってんなら、LINEちょーだいよ」

「ごめん。急に呼ばれちゃって」

 しばらく会っていなくても、それですぐ本題に入れるのは、やはり小中ずっと仲良しだった強みだろう。本題というのは、この場合、家に呼びつけられた理由と、呼びつけた母への文句だったけれども。そのことを考えると、無性にもやもやして、たまらず外へ出たところだった。

「ひっどいよ、ふざけてんの。絶対。鳩の巣のことなんて、頼めそうな知り合い、近所にいっぱいいるはずなのに。わざわざ私のこと呼んで、片づけさせようとするんだよね。あれって、いやがらせなのかな。意味わかんない」

「それ、昔っから言うよね。お母さんが私にダメージを与えようとしてる、って」

「そうだっけ」

「うん。こごみっていえば、いつもそれを疑ってるイメージ。灰かぶり姫」

「だって行動原理がわからないんだもん、あの人の」

 家の中の恥ずかしいことを、むやみに外で話してはいけない。当時、子供ながらによくそう思ったのを覚えている。でも親しい友にはきちんと心情を打ち明けていたらしい。不思議とそちらの記憶はほとんどない。

「お母さん、全然変わらないよね。よく見かけるよ」

 間口の広い、がらんとした店内に足を踏み入れた美香ちゃんが、ショーケースに目をやりながら、にまにまと言う。注文までは、まだ何人か待たなくてはいけなかった。「見た目も若いし、会うと必ず、美香ちゃん、元気ーって、遠くからでも声かけてくれるよ」

「うん。愛想はいいけど、とにかく適当なんだよね。家族は大変」

 私も一緒に店内に入り、ショーケースを見た。ちょうど焼きたてらしい、豆パンの表面がつやつやに光っている。いろんな具材がのったフォカッチャや、ベーグルなんかもある。

 美香ちゃんにグチって少し気持ちは晴れたから、今日の不満はそれくらいなのだろう。

 せっかくここまで並んだから、母と弟にもなにかパンを買って帰ろうかと、私はもう甘いことを考えていた。


(つづく)



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第15話:ベランダの鳩(15)


第16話:ベランダの鳩(16)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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