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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #16 ベランダの鳩(16)

母と娘
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「どうするの、鳩の巣」


 近くのベーカリーで買ったシベリアを食べている母に訊くと、


「ん? まかせる」


 と笑った。


「まかせるって、誰に」


「こごみちゃん」


「無理」


 一番に起きて巣を確かめたまではよかったけれど、自分が駆除に不向きな人間だということは、その場でわかった。

 まず生き物が得意ではない。動く、と思っただけで腰が引ける。そのくせ可哀想に思う気持ちがどこかにあったから、母ではないけれど、そのまま放置してもいいか、と考えそうになった。


「ダメだよ、名前なんてつけたら。飼ってる気持ちになる」


 母の冗談とはわかっていたけれど、その点にも文句を言った。もっとも二羽のどちらがこごみで、どちらがわらびかは、私には判別できなかったけれども。


「親鳩もいるんでしょ?」


「いるよ。いなかった? 毎日、せっせとエサ運んできてる」


「へえ」


「偉いねえ、お母さんって」


「お母さんなんだ」


「知らないけど」


 いつものデタラメな調子で言うと、母はシベリアを美味しそうに頬張った。ベーカリーのおじさんオススメ、カステラで羊羹をサンドした懐かしい味、ということらしい。

 区役所の環境課の相談電話は、土・日・祝日は受けつけていなかった。保健所も同じ。そこまではさっきスマホで調べてある。


「管理会社の……」


 電話番号を訊ねる私を制して、母はゆっくり朝食をとっている。本当はこのまま、うやむやにしたいのかもしれない。

 やがて起きてきたわらびがくにちゃんと出かけ、母はようやく見つけた様子の、管理会社の封筒を私に差し出した。


「お母さんがかけたら?」


 私の提案に首を振った母は、せっかくスマホを手にしているのに、ゲームアプリを立ち上げている。本当に自分で処理する気は一切ないようだった。

 しかも言い訳でもなんでもなさそうに、


「あ! 今、ポケモンがジムに置ける!」


 本気の調子で言って飛び出したきり、いくら待っても戻ってこない。仕方なく私がひとり、管理会社に電話をかけた。

 鳩の巣の駆除は、区に相談しても自費での対応になるらしい。だったら同じだろうと、その電話で駆除業者を紹介してもらうことにした。


「こごみちゃん。親鳥がきたわよ~、ほら、あんたのおいしい朝ご飯買ってきたよ~」


 コンビニのレジ袋をさげた母が戻ったのは、たっぷり一時間は経ってからだった。


(つづく)



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第11話:ベランダの鳩(11)


第12話:ベランダの鳩(12)


第13話:ベランダの鳩(13)


第14話:ベランダの鳩(14)


第15話:ベランダの鳩(15)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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