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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #14ベランダの鳩(14)

母と娘
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「泣いてるよ、姉ちゃん。なに泣いてんの?」


 弟のわらびが言った。


「泣いてなんかいない」


 私はハナをすすり上げた。

 相変わらずの散らかった実家で、ビールを飲み、満洲の餃子を食べ、珍しい母の手料理も味わい、よく知らない昭和の曲を聴き、どちらもお相手にははじめて会う、弟カップルと母カップルの微妙にいちゃつく様子を見ているうちに、急なさびしさに襲われただけだ。


 どうして。

 どうして私はここにいるのだろう。


 巣だ。ベランダに鳩が巣を作ったから見においでと呼び戻されたのだ。でもここで勝手な巣作りをしているのは自分たちじゃないか。


「姉ちゃんは酒飲むとこれだから」


 わらびは呆れたように言うと、ドラえもんのイラストが印刷されたティッシュの箱を、ぽんと軽く放って寄越した。


「すぐ泣く」


「うるさい」


 私は文句を言いながらも、ティッシュを抜き取ってハナをかむと、ありがとう、とそのぶんのお礼は弟に言った。母はさとしさんとスマホのポケモンを見せ合っている。それを見ている私に気づいたのか、


「なに、どうしたの」


と母は言った。


「べつに。どうもしない」


「そう?」


 とポケモンに戻りかけた母が、あらためて私を見ると、やさしく笑った。


「どうなの、月島のテラスハウスは。毎日楽しくやってるんじゃないの? 誘われるでしょ、いっぱい」


「誘われない。ずっと部屋にいて、メロンパンのラスクかじってる」


 私はムキになって答えた。


 結局、その夜は五人でゆるい飲み会をして、夜更けを前に近所に住むさとしさんは歩いて帰り、酔っぱらって面倒くさくなったのか、くにちゃんは泊まると言った。


「じゃ、こごみのベッドで寝なさいよ。こごみはテレビの前でいいでしょ」


 母が勝手に言い、


「え。なんで」


 と私は言った。


「なんでって。いつもそうしてるから……」


 とバツが悪そうに母が口ごもる。


「じゃあ、俺がテレビの前で寝るから、姉ちゃん、俺のベッドで寝なよ」


 気がいいのか、なんなのか、冗談めかした弟の提案は、


「やだ」


 とすぐに断った。


「だったら、わらびとくにちゃんが一緒に寝れば?」


 私は主張して、その場が微妙な空気になる。そんなにおかしなことを口にしただろうか。

 家や家族というのは、しばらく離れると、決めごとがよくわからなくなるものかもしれないと思った。


(つづく)



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第9話:ベランダの鳩(9)


第10話:ベランダの鳩(10)


第11話:ベランダの鳩(11)


第12話:ベランダの鳩(12)


第13話:ベランダの鳩(13)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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