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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #11ベランダの鳩(11)

母と娘
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#11 ベランダの鳩(11)

 母の恋人らしき人には、これまでに何人も会ったことがある。

 地元のバーのマスター。スタジオミュージシャン。映画の録音技師。若い劇団員。本のデザイナー……。

 いきなり家に遊びにくるようになったこともあったし、家族の外出に、ふらりと同行していたこともある。私と弟がまだ小さいときからそうだったし、ばりばり思春期の十代のときにも、ずっとそういうことはつづいていた。酔っぱらった近所の知り合いから、よっ、恋多き女、とずいぶん失礼な声をかけられて、ありがと、と手を振って返すような母だった。

 それでも、母が連れてくるのは、決まって陽気でやさしい雰囲気の男の人だったから、その人が怖いとか、嫌だとか思った記憶はない。むしろ一緒にいて楽しいと感じたことも多かったくらいで、それは母の娘として、せめてもの救いだったのだろう。

 ただ真面目で慎重な性格の私は……というのか、いくら真面目で慎重な性格の私でも、というのか、とにかく私のほうから、

「お母さんの恋人ですか?」

 と相手に直接訊ねるようなことはしなかったから、本当のところ、その人たちが母の恋人なのかどうかはよくわからなかった。その不安定さは、たぶん長い間、私にとって目に見えないストレスになっていたのだろう。

 ふーん、恋人かな、きっと恋人だろうな、と私ひとりで勝手に納得して、それであとになってから、

「あの人、お母さんのなに?」

 念のため母に確かめては、

「え、教えたじゃない。友だち」

 と軽く流されてばかりいた。毎回そのパターンだった。

「でも、そんなふうに見えなかったけど」

「じゃあ、どう見えたの」

「彼氏とか」

「ふっ」

「ふっ、じゃなくて」

「ねえ、わらび、こっち来て。お姉ちゃんがみんなで恋バナしよって」

「げっ、きもい。無理」

 母はそんなとき、決まって弟を巻き込むのだった。

「姉ちゃん、俺、そういうの絶対無理だから。勘弁して」

「わらびは関係ない!」

 姉の私からすれば、三つ下の弟のことは、なるべくなら母の恋愛ネタからは遠ざけておきたい。守りたい、といった気持ちが強かったから、母本人の無神経な態度は信じられなかったし、弟の無邪気さにも、正直イラッとした。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第6話:ベランダの鳩(6)


第7話:ベランダの鳩(7)


第8話:ベランダの鳩(8)


第9話:ベランダの鳩(9)


第10話:ベランダの鳩(10)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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