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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #10 ベランダの鳩(10)

母と娘
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#10 ベランダの鳩(10)

 でも、とにかく近所に知り合いの多い母だったし、趣味は、エスニック系やレトロ系、サブカル系や不思議ちゃん系など、近所に数ある雑貨店を巡回して、よくわからない置物や楽しい柄の布なんかを買って帰ることだったから、その行動範囲にくにちゃんがいたのだろう。


 この家の雑然とした様子は、住む街の景色に似ているのかもしれないとも思った。

 部屋にあふれているものの多くは、母にしてみればそれぞれがこだわりの品で、決してガラクタではないらしい。だから掃除を任されても、不用意になんでもゴミ扱いすれば、案外きつく叱られることにもなる。


 つまり、面倒くさいのだ。


 最近のお気に入りは、メキシコのプロレス、ルチャ・リブレの覆面レスラーたちがコミカルに描かれたグッズみたいで、メラミンプレートやお椀といった食器がキッチンに一式揃っているし、同じレスラーたちのプリントされた黄色い布が、すぐそこのソファのカバーに使われている。


 そういえばこれは何年か前からだけれど、洗面所のマットにも、大きく覆面レスラーの顔が織り込まれていた。もちろん、単に格闘技が好き、というわけではなくて、母はそういったゆるいグッズに目がないのだ。和皿にはたいてい、古い漫画のキャラクターが絵付けされている。


「それより姉ちゃん。土産は? 日本橋のおいひいものは?」


 二個目の餃子を口に入れながら、わらびが言う。


「ないよ」


 私が答えると、目を見開き、餃子をごくんと飲み込んでから、


「え、家に置き去りにされた弟に、お土産がないの?」


 口をぽかんと開けて驚いていた。こいつも。また置き去りにされた可哀想な弟をアピールしている……。


 もう一人の謎客、ネクタイをしめた中年の男性は、やはり母が近所の飲み屋さんで知り合った人だそうで、名前は、さとし、と母が紹介した。


「はじめまして」


 私が言うと、


「いやいや、はじめてじゃないよ」


 もうだいぶ酔ったのか、ちょっと怪しげな口調でさとしさんが言った。クイズを出題したあとみたいに、こちらの反応を見ながら、にんまり笑う。


「まさか、覚えてないの?」


「はい」


 と私は答えた。きっとたいした縁ではないだろうとあまり本気で考えなかったけれど、実際たいした話ではなかった。この前、母親に直接電話をしたとき、おーい、こごみちゃん、こんばんは~、と急に替わった知らないおじさんだった。あの夜は、母と一緒に天ぷら屋さんにいたのだったか。


 もしかすると、母の新しい恋人なのだろうか。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第5話:ベランダの鳩(5)


第6話:ベランダの鳩(6)


第7話:ベランダの鳩(7)


第8話:ベランダの鳩(8)


第9話:ベランダの鳩(9)



  • 藤野千夜(小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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