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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #9 ベランダの鳩(9)

母と娘
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#9 ベランダの鳩(9)

わらびが買って来た満洲の餃子をお皿に移し、それを食卓に運んでから、私はベランダのほうにぷらりと歩いた。


「どうしたの?


 母親に訊かれ、「鳩の巣……」と振り返って答えると、「そんなの明日でいいでしょ。今日はもう暗くて見えないから」と笑われた。


「あの子たちだって、きっともう寝てるし」


「あの子たち?」


「いいから。料理があたたかいうちに食べなさいって」


 言われた通り席につき、グラスにビールを注いで、一口くいっと飲むと、


「こごみです、母と弟がいつもお世話になっています」


 私はあらためて告げた。だってここまで誰も名乗らないし、誰も紹介してくれない。私が動かない限り、もうこのままだろうと思ったのだ。


「あ。くひほほっふ」


 と、若い女子が爆弾おにぎりにかぶりつきながら言った。

 さすがに今の発音では通じないと思ったのか、けふっ、と小さく笑い、ゆっくり口の中をカラにしてから、くにもとです、と丁寧に言い直した。今日はじめて聞く、彼女の丁寧語だった。


「先週バイトやめて無職なんで、今、わらびと一緒にパワースポット巡ってます」


「パワースポット?」


「やめろよ、そういう冗談。姉ちゃん、本気にするから」


 顔だけは可愛い弟が、生意気なことを言った。かわりになにか説明するのかと思えば、たっぷりタレをつけた餃子を一つ頬張り、幸せそうに噛みしめている。


「え、知らないんだっけ。くにちゃんのこと。会ったことない?」


 こちらは完全にマイペースな母が、自分用の焼酎お湯割りを作りながら言った。「もともと私がなつかし屋さんで知り合ったんだよ。通りのあっちにできた雑貨屋さん。くにちゃん、若いのに昭和歌謡が好きだって言うから、じゃあうちに聴きにくればって。奥村チヨもオックスもあるよって」


 年の頃から言って、わらびの学校の友だちかと簡単に思っていたから、母のほうの知り合いだったと聞いて少し意外だった。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第4話:ベランダの鳩(4)


第5話:ベランダの鳩(5)


第6話:ベランダの鳩(6)


第7話:ベランダの鳩(7)


第8話:ベランダの鳩(8)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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