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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #7 ベランダの鳩(7)

母と娘
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#7 ベランダの鳩(7)

 駅前のロータリーをぐるりと回り、飲食店の多い路地へ入ると、いつもの地元の匂いがした。

 深夜まで開いているベーカリー。昔ながらの定食屋さん。ケバブが名物のトルコレストラン。チェーンの焼鳥屋さん……お店はときどき入れ替わっても、狭い通りの両側に、小さな店舗がいくつも並ぶ様子にほとんど変化はない。


 にぎわう立ち飲みバーの角を右に折れてすぐ、レンガ造りの茶色いマンションに私の家はある。

 そちらの脇道も飲食店の多い通りで、少し下がって建つマンションの一階にも、ビストロやバルといった、しゃれた雰囲気のお店が何軒か入っている。住居への入口はその奥、中庭にも見える店前のスペースの向こうにあった。

 そこからエレベーターに乗り、三階のボタンを押す。


 会社を出るとき、あらためて母に連絡しておかなかったのは、だいたい七時前の、無難な時刻に帰れそうだったのが一つ。もう一つには、やっぱり無理に呼び戻された

ことへの不満が残っていたのだろう。

 帰るの? 帰らないの? と少しは母にやきもきしてもらい、そこに恩着せがましくも、颯爽と登場したい。そんな子供っぽい期待が、私の心の片隅にはあった。

 でも、そんな勝手な期待に、あの母が応えてくれるだろうか。


 玄関に出しっぱなしのたくさんの靴を、えいっ、とまたいで家に上がり、居間に入ると知らない男女がいた。

 ごっちゃりとモノが載ったテーブルを無理に片づけ、隙間につまみと缶ビールを置いて、酒盛りをしている様子だった。

 誰? と訊きたいのをこらえ、


「こんばんは」


 まず私が挨拶をすると、五十歳くらいだろうか、ワイシャツにネクタイをしめた男性が、


「こごみちゃん? おかえりなさい」


 にこやかに言う。女の子のほうは学生といった年頃で、缶ビールを片手にほんのり赤い顔をして、「おかえり~!」とすでに友だちの口調だった。


 さて、誰がこの状況を説明してくれるのか。

 昔から、たまに謎の飲み会をしている家だったけれど、どうして私は、会ったことのない二人(だけ)に迎えられているのだろう。

 と、キッチンから母が出て来た。


「あ、こごみちゃん。帰って来た? 食べる? 爆弾おにぎり」


 手にしたプレートには、確かに「爆弾」と呼びたくなるような、黒光りした丸いかたまりが山盛りになっている。



(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第2話:ベランダの鳩(2)


第3話:ベランダの鳩(3)


第4話:ベランダの鳩(4)


第5話:ベランダの鳩(5)


第6話:ベランダの鳩(6)



  • 藤野千夜(小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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