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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #6 ベランダの鳩(6)

母と娘
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#6 ベランダの鳩(6)

 子供の頃から私は慎重で、よく先を考えて行動するタイプだった。母がうっかりしているせいで、かばうためにそうなったのか。それとも高校の校長先生をしていた祖父の血なのか。


 そのおじいちゃんはとにかくしっかりした人で、私にとっては、母の暮らしぶりを「だらしない」と意見してくれる大切な味方だった。年を取ってからの娘で、自分のしつけが甘かったと反省しながら、横須賀の住まいからだいたい月一で訪ねて来ると、


「なんでこんなふうになるんだ。ほら、ものの上にものを載せない! 下のものが取れないだろ」


 などと母をきっちりと叱ってくれた。もちろん、まだ子供だった私はその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだけれど、結局おじいちゃんと一緒に片づけをしていたのは、ほとんど私だったかもしれない。そんなときの母はわらびを連れて、すぐにどこかへ出かけてしまうのだった。


 そのおじいちゃんはもう十年も前に亡くなり、横須賀に小さな不動産を遺してくれた。そのおかげで、なんだかふらふら、気ままな仕事ばかりしている母の元、私もわらびもきちんと学校に行かせてもらうことができた。その点では、とても感謝している。

もちろん、おじいちゃんにだ。


 母のほうは、慎重な私をいつでもからかうようなことしか言わなかった。たとえばショッピングパークで、広いフードコートを一周見て回っていると、


「こごみって、本当に全部見てから決めるんだよねえ」


 母がしみじみと言ったことがあった。私が高校生、わらびが中学生の頃の話だ。


「なんで。当たり前でしょ。全部見ないと、どれにするか決められないよ」


「パッと見て、おいしそうなのあったら、もうそれでいいじゃない。お腹空いてんだから」


 母はそんなふうにメニューを決めては、後悔ばかりしているように当時の私には見えた。


「だってお母さん、すぐ言うじゃん、あっちにすればよかったとか、あんなのがあるって知らなかったとか。私はそうならないように、最初にじっくり見てから決めるの」


「でも、こごみちゃん、そんなふうだと恋人できないよ。ねえ、わらびもそう思わない?」


「なに」


 フードコートではラーメン一択、さらに炭水化物を増したがる年頃だった弟は、とっくに注文して、出来上がった豚骨醤油ラーメン+半チャーハン+餃子三個をもうテーブルに運んでいた。


「お姉ちゃん、メニュー決めるの遅いよね」


「あー、うん、そうかも」


と大して興味もなさそうに答えると、わらびは、いただきますを言い、ちぢれのない細麺を、ずばばばばっ、ずばばばっ、とおいしそうに食べた。


(つづく)



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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第1話:ベランダの鳩(1)


第2話:ベランダの鳩(2)


第3話:ベランダの鳩(3)


第4話:ベランダの鳩(4)


第5話:ベランダの鳩(5)



  • 藤野千夜(小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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