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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #5 ベランダの鳩(5)

母と娘
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#5 ベランダの鳩(5)

 ひっ。


 自分ひとりだけ家を出たことを弟のわらびに責められると、私は弱い。えっ、またその話? と思いながらも、決まってぎくりとした。


「姉ちゃん、捨てたよね、俺のこと」


「だって、わらび、もう高校卒業してたし……彼女もいたじゃん。萌え萌えの可愛い子。えっと名前は……」


「デタラメでだらしない母さんから、ふたりで身を守ろう、子供たちだけでこの家をちゃんとしようって、いっつも言ってたの、姉ちゃんなのに」


 確かにそれは言った。でもそれは私が中学生、わらびが小学生の頃だったはずだ。もしかしたら、私が高校生で、わらびが中学生の頃も言ったかもしれない。……私が成人して、わらびが高校生の頃にも、二、三回は口にしただろうか。


「それが急に、ベイエリアのおしゃれ社宅に入れることになったから、こごみたん、来月ここ出て行きまーすって。びっくりしたよ。俺になんか、相談ゼロだもんね。あ、姉ちゃん、自分だけよければいいんだ、って。それじゃ、母さんと同じじゃん」


 散らかった自宅マンションに帰って、弟に文句を言うと、だいたいそこまで話が行って、私が負ける。


「母さんとは全然違うから! あと、私、自分のこと、こごみたんなんて絶対に言ってない!」


と急いで言い返すのと、片づけや食事の支度を少しでも手伝わせるのが精一杯だった。

 前回の帰宅時もそうだったし、きっと今回もそうなるのだろう。

 今月二回目の帰宅だから、散らかり方がまだましかも、と期待できるのがせめてもの救いだろうか。

 ただ、そのかわり今回は、ベランダに鳩の巣があるのだった。どうしよう。


 そして金曜日、勤務先の日本橋から、帰宅時間帯の地下鉄に乗った。


 直通電車を使えば乗り換えなし、三十分もかからず自宅の最寄り駅に着くのはいいのだけれど、そのせいで、家から通える距離なのに自分だけ逃げた、とわらびには主張されてしまう。もちろん十分に通勤できる範囲といえばそうなのだけれど、なにしろ今の「寮」までは、地下鉄で三駅(八分)。駅からも近い。それにせっかく社会人になったのだから、そろそろ親元を離れて独立してみたかった。一度、そうきちんとわらびに反論していると、


「わらび、あんまりそんなこと責めたらダメ。お姉ちゃんだって、テラスハウスみたいなのに憧れて、素敵な出会いを求めてるんだから


 と、家を散らかす張本人、母にとんでもないかばい方をされて、私はその場で気絶しそうになった。


(つづく)



≫ 次回#6 ベランダの鳩(6)は9月20日(木)配信予定です。お楽しみに!


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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

第1話:ベランダの鳩(1)


第2話:ベランダの鳩(2)


第3話:ベランダの鳩(3)


第4話:ベランダの鳩(4)



  • 藤野千夜(小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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