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【小説】ジユウな母とオクビョウな私 ♯1 ベランダの鳩(1)

母と娘

♯1 ベランダの鳩(1)

 実家のベランダに、鳩が巣を作ったらしい。


〈こんどの休みに、見に帰ってくれば?〉


 母からのんきなメールが届いたのは四月の朝だった。いくら頼んでもLINEを使ってくれない母は、スマホにメールを送ってくる。添付の写真に、エアコンの室外機がうつっていて、その向こうに、木の枝なんかで作ったのだろう、ごちゃっとした巣らしきものが見えた。そこから黒っぽい二羽のヒナが首を伸ばしている。つづけて母から、メールがもう一通届いた。


〈こごみと、わらびみたいでしょ〉


 キッチンには下りず、買い置きのメロンパンのラスクを部屋で囓っている出勤前の娘に、一体どう返事をしろというのだろう。

 こごみは私、わらびは三つ下の弟の名前だった。

 大学に通う弟は、今も母と同居している。


 もともと私と母とは、あまり仲がよくなかった。ひどく悪い、というほどではなかったけれど、考え方が違いすぎて、一緒にいると疲れてしまう。それをどうにか騙し騙し、仲のよい設定で暮らしてきたけれど、就職を機に一旦離れてみると、これが楽。


 住まいは会社の借りてくれた「シェアハウス型の社員寮」で、どういうものかといえば、まだ築年数も浅い、ホテルめいた社員寮を、異業種の、多くの会社でシェアしているというスタイルだった。トレーニングジムやシアタールーム、図書室といった共有スペースが豪華で嬉しかったとはいえ、やっぱり完全なひとり暮らしとは違って、他人との共同生活のわずらわしさはある。

 それに親元を離れて暮らすのがまったくのはじめてだったから、ふと感じるさびしさのようなものも正直あったけれど、それでも絶対に家を出たのは正解だった。

 二年経った今では、ときどき帰宅して母とやり合い、やり込められ、うまく使われ、疲れて寮の自室に戻れば、ふう、と安堵のため息をつく。よくあそこに毎日いられたものだ、としみじみ思うようになった。

 我慢強かったんだ、あの頃の私、と褒めてあげたくもなる。


 母は根っからの自由人で、行動はいつだって自分本位。口ではもっともらしい理屈を言うのだけれど、それが全部気まぐれの、でたらめだった。

 予定はすぐに変更する。時間はだいたい守らない。家の中は、掃除をしてもなんだか散らかっている。真面目な私は、子供のころから、つねにはらはらさせられていたのだった。


(つづく)



≫ 次回『♯2 ベランダの鳩(2)』は7月19日(木)配信予定です。お楽しみに!


  • 藤野千夜(小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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