
前回のあらすじ:話し合いが終わろうとした時だった。突然部屋に真紀が訪れ、哲也にビンタをかまし、修羅場が勃発。「あんたがネズミーランドに行ったの、知ってるんだから」と真紀は語りだし、哲也も応戦するように怒りのボルテージを上げていく。この場を止めなければ!そう思った遥は、とっさに「あたし、妊娠してるかもしれない」と叫び、場を凍りつかせてしまう。
物語っていうのは、ピンチになるといつだって救世主が助けてくれるモンだけど…。 真紀のオロオロする顔をみながら、遥は次に出すべき言葉を探していた。 「妊娠したかもしれない」 2人の争いを止めるため、出しそびれた本題をこのタイミングで吐き出してしまった。混乱をいっとき止められても、状況をより悪化させてしまった気がする。 「生理が遅れてるの。今日ちゃんと検査してから哲也と話そうと思ってたの。でもこんな事になっちゃったから…」 遥が視線を下に落とすと、哲也のカバンが目に入る。しまわれた娘のゲーム機のことをおもいだし、想像の中だけでありかを探ってみる。 今の自分が穏やかな顔をしているのか、泣きそうなのかは、本人にもよく分からない。 「あたし…」 遥が下をむいたまま言葉を探していると、力強い腕が包み込む。 「大丈夫なの?」 親しんだニオイが遥を包み込む。 でもそれは、目の前の愛した男のものではなく、いつだって意見も性格も噛み合わないのに、いつもそばに居続けてくれる女友達のものだ。 「あんたさ、なんで言ってくれなかったの?てかさ、なんでこの状況で言うの?どうするつもりなの?」 「ねえ、彼氏はどうするつもりなの?」 「えっ?」 急な混乱のおすそ分けに、哲也は間抜けな声をあげる。 「あんたさ、どうするつもりだったの?この関係?」 遥はまっすぐ男を問い詰める親友を、ただ眺めることしかできない。 いつだって意見も性格も噛み合わないのに、いつだって言いたいことを自分より先に言ってくれる女友達。きっと男だったらモテるんだろうなあと、冷静さを取り戻すため、くだらない思考を間に挟む。 「どうするって言っても、まずは事実を確認しないとなんとも」 「じゃあ事実だったら、責任取るの?」 「責任っていうか…まずは、遥がどうしたいのかを聞かないと」 相手に合わせることで自分の立場を守ってきた。そんなあたしの性格を、この男はわかった上で言っている。 直感的に感じた哲也のずる賢さに、遥の中でスーッと何かが引いていく感覚が生まれる。 『責任取ってくれとは言えないでしょ』 哲也の心の声が聞こえてきた気がして、心臓の音がドッドッドッと急に打ちつけてくる。 そうだ、この人は、こういう計算高さが魅力だったんだ。 「遥?」 心配そうな真紀の声が響く。 「あたしが、どうしたいか…」 もう我慢したくない。もうあなたに合わせたくない。もう待ちたくない。もう疑いたくない。もう聞き分けのいい彼女でいたくない。もう変な妄想したくない。 本音が一気に体中をかけめぐり、どうやったら狡猾な男の手中から逃げ出せるのか、言葉を探す。 別れたいと言ったら関係は今すぐ切れておしまいだし、別れたくないと言ったら行く末をあずけなければいけない。 あたしを今、あたしが守らなくちゃいけない。そう思ったら、答えが1つだけ出てきた。 「あたしはもう“不倫女”ではいたくない」 「それって、どういう意味?」 哲也が眉をひそめて聞き返す。 「だから、こういうこと」 遥はツカツカと哲也の方へと歩き出す。 数歩の距離がとてつもなく遠く感じられ、一歩が重い。 哲也のカバンに強引に手をつっこみ、娘のゲーム機を掴み取る。「あっ」と、焦りと怒りを露わにした哲也と目があうも、動きは止まらない。ゲーム機をにぎった手を頭上に振り上げ、勢いよくそのまま落とす。 「ちょっっっ」 目をまんまるにした男の顔をわずかに避け、風圧だけを残し、腕もゲーム機もそのまま下に降ろされる。 —————ブオンッ 「なーんちゃって」 遥は無理やり笑い顔を作り、ゲーム機を裏返してベタベタとシールが貼られた面から、ネズミーランドのものを剥がし始める。 カリカリと爪をあてがうたび、遥の瞳からポタポタと涙が流れ、ゲーム機に落ちる。その涙が苦しい記憶をたどっているのか、怒っているのか、清々しいのかわからないが、一心不乱にシールを削り取る。 剥がれる瞬間、「ごめんね」と心の中で会ったことのないリカにだけ小さく謝り、剥がれたシールを哲也の胸めがけ、叩くように強く良く押しつける。 「こういう事だから」 哲也はよろめき、シールは床へとゆっくり落ちていく。 涙と息を整えていると、お腹の中から生暖かな体液が、下へ下へとつたっていく。 「あっ…」 気持ち悪いほどの暖かさに、先程とは違う涙が、一筋だけ流れた。 NEXT ≫ 第21話:ずるい男は最後までずるく、気づいた女だけが生まれ変わる 第15話:女が不倫で静かに狂うときやること 第17話:ついに運命の話し合い!でも秘密がバレて思わぬ険悪な空気に 第18話:「わかってほしいのは辛いという気持ち」話し合いで男と女がすれ違う理由 第19話:不倫の喧嘩に親友が乱入!繰り出されるビンタに、修羅場はさらに熱を帯びる 水商売やプロ雀士、一部上場企業などを渡り歩き、のべ1万人の男性を接客。鋭い観察眼を磨き、ゆりかごから墓場まで関わる男女問題を研究。本人も気づかない本音を見抜く力で、現在メディアや雑誌でコラムを執筆中。
恋愛パラドックス ~しんどい女子の癒し方~:第20話:ついに来た不倫の終わり!女が別れ話で取る最後の怒り行動
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