
前回のあらすじ:どうしてうそをついたのか。ついに問いただす遥だったが、哲也からの返答は意外すぎるものだった。混乱する遥は、自分が何をしてほしいのかわからず、哲也を責め立ててしまう。それを黙って聞いていた哲也だったが、ポツリと「信じられないなら、もうダメかも」と口にする。「別れたくない」遥の心に浮かんできたのは、愛と執着だった。
恋愛関係はフェアでないといけない。 遥はいつもそう自分に言い聞かせていた。いや、哲也という相手だからこそ、そう言い聞かせることで、自分の価値を保っていたのかもしれない。 “信じられないんなら、もうダメかもしれないね” 哲也が切った「別れ」というカードは、ここから先、「別れる」「別れたくない」の選択をしなくてはいけないことの証明で、「別れたくない」と主張することは、すなわち哲也にゆるやかな主導権を握られることの始まりでもある。 遥の頭には、混乱と絶望感の波が押し寄せていた。 「話し合いっていわれても、俺の言ったコトが全部だから」 哲也がふてくされるように言い放つ。 ネズミーランドのチケットを隠していたのは手違いだった。 その主張自体は理解できる。 でも、仮にそれが真実だったとして、問い詰めなかったら本当はどうするつもりだったのか。頭をよぎるのは彼の主張の真偽よりも、訪れるはずだった未来の中に、彼がどう計画を立てていたかだ。 「もし…このまま…私が気づかなかったら、奥さんと、行くつもりだった?」 知りたいけど、今さらこんな質問をしたところで、何の意味があるんだか。 口を開くと同時に、頭の中でそんな声が響く。 「……あんな返事が来てて、俺が行くと思う?」 一瞬の間の後、哲也は語気を強めて返答する。そこに、迷いも偽りもない。ように見える。 「あんな返事……」 遥はほんの少しの安堵感のあと、喉元のあたりが押し上げられる感覚を覚え、舌がかすかに震えだす。止めるためにぎゅうっと口の中にめいいっぱい力を入れると、止まった震えは鼻の付け根に走り、じわっと目に水分が溜まっていく。 「…うっ…ううっ」 びっくりした哲也と目があい、遥は汚い嗚咽が自分から発せられていること、頬を伝う水にさらに驚き、慌ててぬぐうのだった。 「え?なんで泣くの?」 「え…うーえっと…あの…」 涙を一旦放置して頭の中を整理するも、まるで目は脳のラジエーターのごとく、回る思考にあわせて、水が流れ出していく。 あんな返事という言葉に、安心感を覚えたのは事実だ。でも、「俺が行くわけない」ではなく「俺が行くと思う?」と疑問形で終えた彼のずるさに、絶望していた。 行くと思うか問われたら、行かないにきまっている。でもそれは、彼の言葉にみせかけた、あたしの聞きたい意見でしかないのだ。 「泣いちゃって、ごめん。でも、哲也は行きたくなかったの?」 「え?」 呼吸があがったままだが、遥は出来る限りの冷静な口調で、言葉尻をとらえていく。 「行くわけないと、行きたくなかったは違う意味だと思うの。状況だけ見たらそうかもしれないけど、あたしは今の哲也を信じられる要素がほしい」 そう言い切ると、深く深く呼吸をする。困ったときに泣く女は大嫌いだけど、まさか大人になって自分がそんなことをするとは。 “人間の行動って、わからないものだ” 自分に言葉をかけられるほど、遥は冷静さを取り戻しつつあった。 目の前には、眉を八の字にした哲也がいる。 さあ、この男はなんて返してくれるだろうか。 遥は愛情よりも、今この瞬間恋愛の主導権が傾いたことに、安堵していた。 「遥…」 つぶやくと同時に、哲也は遥を強く抱きしめる。 「辛いこと言わせて、ごめん」 「え?」 言葉よりも行動で示す。それ自体は嫌いではないものの、強引でちょっと雑すぎる彼の行動に、遥は若干苛立ちすら覚える。でもそんなガザガザした気持ちも、いつもの香りと体温が強く強く包み込み、いつもどおり心を鷲掴みにし、抵抗力を奪っていくのだった。 NEXT ≫ 第10話:これが本当の男の誠意?ケンカの元の処理方法 第4話:不倫は普通の恋愛と変わらない!罪悪感ないけど何か問題ある? 第6話:思いつきのデートは地獄確定? 水商売やプロ雀士、一部上場企業などを渡り歩き、のべ1万人の男性を接客。鋭い観察眼を磨き、ゆりかごから墓場まで関わる男女問題を研究。本人も気づかない本音を見抜く力で、現在メディアや雑誌でコラムを執筆中。
恋愛パラドックス ~しんどい女子の癒し方~:第9話 彼の「愛してる」は噓?本当?二番手の恋
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