母と娘

【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #56 恋する時間(26)

  • 更新日:2020/10/21

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#56 恋する時間(26)

「じゃあ、今日はこのあとちょっと行きたいところがあるんだけど」

 私がおずおず言うと、

「おお、どこ」

「いいよ、そこで」

「行こ、行こ、こごみの行きたいところ」

 なんだか話の早そうな三人が答えた。

 どこ、と訊いたのが太陽だったので、

「月島の公園で、マルシェやってるから」

 私は説明した。月例のマルシェが、確かこの土日に開催されている。

「マルシェって?」

「市場」

「ほお。何語?」

「フランス語かな」

 今日はこんなことにならなければ、洗濯と掃除をしたあとに、ひとりで遊びに行くつもりだった。

 わざわざなにを買う、ということでもないのだけれど、野菜やパンや果物やスイーツ、チーズや調味料やお酒なんかを扱う露店がたくさん出て、ぷらぷら見て回るだけで楽しいのだ。広い児童公園に大勢の客が詰めかけて、毎月ずいぶんにぎやかだった。

「いいじゃん、楽しそう、行きたい!」

 美香ちゃんが積極的で、提案した私も嬉しくなった。

 さっそく太陽の運転で戻り、「勝どき」の駅近くに安いコインパーキングを見つけて車を停めた。あとはそこに入れっぱなしにして、付近を歩いて回ればいい。

 午後早いマルシェは、やっぱりにぎわっていた。

 全部で六、七十ほどの露店が出ているのだろうか。グリーンとイエローのラインが縦に入ったテントの下、木のケースを斜めに置いたり、台にきれいなクロスをかけたり、可愛いポップを立てたりと、どのお店も、それぞれディスプレイにまでしっかりこだわっている。

 ドーナツやコーヒー、クレープや軽食なんかを出すキッチンカーも、多くがヨーロッパ風の、ポップな色やかたちをしていた。

 そこに小さな子どもを連れた若いお母さんやお父さん、外国語を使う方たち、上品な年配の紳士やご婦人方が集まっている。 

「なに、これ、おしゃれ! みんなタワマンの人たち? なんか、うちらの地元の夜市と全然違う!」

「でしょ!」

 美香ちゃんにわかってもらえて嬉しい。

 私は旧友の手を取り、その場で小さく飛び跳ねた。


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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー

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第52話:恋する時間(22)


第53話:恋する時間(23)


第54話:恋する時間(24)


第55話:恋する時間(25)



  • 藤野千夜 (小説家)

    1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。

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