
【小説】ジユウな母とオクビョウな私 #56 恋する時間(26)
- 更新日:2020/10/21
- 公開日:2020/10/15
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#56 恋する時間(26)
「じゃあ、今日はこのあとちょっと行きたいところがあるんだけど」
私がおずおず言うと、
「おお、どこ」
「いいよ、そこで」
「行こ、行こ、こごみの行きたいところ」
なんだか話の早そうな三人が答えた。
どこ、と訊いたのが太陽だったので、
「月島の公園で、マルシェやってるから」
私は説明した。月例のマルシェが、確かこの土日に開催されている。
「マルシェって?」
「市場」
「ほお。何語?」
「フランス語かな」
今日はこんなことにならなければ、洗濯と掃除をしたあとに、ひとりで遊びに行くつもりだった。
わざわざなにを買う、ということでもないのだけれど、野菜やパンや果物やスイーツ、チーズや調味料やお酒なんかを扱う露店がたくさん出て、ぷらぷら見て回るだけで楽しいのだ。広い児童公園に大勢の客が詰めかけて、毎月ずいぶんにぎやかだった。
「いいじゃん、楽しそう、行きたい!」
美香ちゃんが積極的で、提案した私も嬉しくなった。
さっそく太陽の運転で戻り、「勝どき」の駅近くに安いコインパーキングを見つけて車を停めた。あとはそこに入れっぱなしにして、付近を歩いて回ればいい。
午後早いマルシェは、やっぱりにぎわっていた。
全部で六、七十ほどの露店が出ているのだろうか。グリーンとイエローのラインが縦に入ったテントの下、木のケースを斜めに置いたり、台にきれいなクロスをかけたり、可愛いポップを立てたりと、どのお店も、それぞれディスプレイにまでしっかりこだわっている。
ドーナツやコーヒー、クレープや軽食なんかを出すキッチンカーも、多くがヨーロッパ風の、ポップな色やかたちをしていた。
そこに小さな子どもを連れた若いお母さんやお父さん、外国語を使う方たち、上品な年配の紳士やご婦人方が集まっている。
「なに、これ、おしゃれ! みんなタワマンの人たち? なんか、うちらの地元の夜市と全然違う!」
「でしょ!」
美香ちゃんにわかってもらえて嬉しい。
私は旧友の手を取り、その場で小さく飛び跳ねた。
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■ジユウな母とオクビョウな私|バックナンバー
第51話:恋する時間(21)
第52話:恋する時間(22)
第53話:恋する時間(23)
第54話:恋する時間(24)
第55話:恋する時間(25)
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藤野千夜
(小説家)
1962年2月生まれの魚座のB型。 2000年に『夏の約束』で芥川賞受賞。 著書に『ルート225』『君のいた日々』『時穴みみか』『すしそばてんぷら』『編集ども集まれ!』など。
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